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クリアファイルの中身を見て、間中くんは瞬きをした。
「なにこれ……漫画のコピー?」
「そうだよ。今、人気の少女漫画。『久住クンに冷たくされたい』」
タイトルからもわかるとおり、主人公が好きになる「久住くん」は典型的なクール系男子だ。素っ気ないように見えてユーモアがあって、たまに見せる笑顔が魅力的で、作中の主人公はもちろんのこと、読者の心も鷲づかみにしている──らしい。
本当はコミックごと持ってきたかったけれど、残念ながら漫画の持ち込みは校則で禁止だ。なので、参考になりそうなシーンをいくつかコピーしてきたというわけだ。
「この久住くんのセリフを、今から間中くんに練習してもらいます」
「へっ!? なんで!?」
「だから『もっとクール系男子になってもらうため』だってば」
この一ヶ月で、たしかに間中くんはクール系男子っぽい雰囲気を出せるようになった。でも、それは「女子とあまり喋らないこと」でなんとか成立させているものだ。
「だから、そろそろ少しくらい喋ってもクール系男子っぽく見えるようになってほしいんだよね」
「えーできるかな、そんなの」
「できないと、結麻ちゃんを紹介しても会話が成立しないよ」
「へ……」
「だって、喋ることで『クール系男子じゃない』ってバレるなら、ずっと黙っているしかないでしょ」
「!!」
たしかにそうじゃん、と間中くんは声をあげた。
「それはやだ! 池沢先輩といっぱいしゃべりたい!」
「じゃあ、がんばって練習しなよ」
ほら、と間中くんにテキストを押しつける。
なのに、間中くんはパラパラとページをめくっただけで「えー」と唇をとがらせた。
「俺、こんな恥ずかしいこと言えない」
「恥ずかしいって、どのあたりが?」
「全部だよ、全部! ほら、こことか!」
間中くんが指差したのは、久住くんがヒロインの顔をのぞきこんで、ふっと笑うシーンだ。
──「お前、笑うと可愛いのな」
「えっ、これくらいふつうじゃない?」
「ふつうじゃない! 『かわいい』なんて言わない! ていうか言えない!」
そうなの? でも、男子ってよく「隣のクラスの針田、可愛いよなぁ」とか言ってるよね?
「あれは本人がいないからだろ。面と向かってだと絶対言えない」
なるほど──たしかに、彼らが直接針田さんに「かわいい」って言っているところは見たことないかも。
「でも、じゃあ、間中くんはずーっと結麻ちゃんに『かわいい』とか『きれい』とか言わないの?」
「うっ……」
「たとえば結麻ちゃんとデートすることになったとしてさ。結麻ちゃんがすごいおしゃれしてきたのに『恥ずかしいから』って何も言わないの?」
「そ、それは……」
唇をとがらせたまま、モゴモゴゴニョゴニョ。
ああ、もうじれったいなぁ。結論なんて、どうせ決まっているのに。
返事をうながそうとしたところで、ようやく間中くんは顔をあげた。
「やっぱ言う! ちゃんと言う!」
だよね、じゃあ……
「どんなふうに?」
「『今日の池沢先輩、すごくきれいっす!』──」
ハイ、予想どおり。
それのどこがクール系男子?
ここぞとばかりにそう指摘すると、間中くんは「ああっ」と頭を抱え込んだ。
「いや……違……」
「違わない。今のぜんぜんクール系じゃなかった」
「そうだけど……だって、いきなりだったし……」
「いきなりに対応できないのは、予習していないからだよ」
サッカーだって同じはずだ。なんの練習もしていないプレーを、いきなり試合でできるはずがない。
「つまり練習あるのみ! ほら、さっさと久住くんのマネをして!」
「え──」
「まずは壁に寄りかかって、ポケットに手を入れてちょっと余裕ある雰囲気だして。首もこうやって少し傾げて……」
「待って待って! 無理! いきなりは無理!」
「無理って言わない! ほら、早く首傾げて、ふっと微笑んで──ハイ、ここでセリフ!」
「お……『お前、笑うと可愛いのな』……?」
「ダメ、口元がひきつってる! やり直し!」
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