第4話

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 クリアファイルの中身を見て、間中くんは瞬きをした。 「なにこれ……漫画のコピー?」 「そうだよ。今、人気の少女漫画。『久住クンに冷たくされたい』」  タイトルからもわかるとおり、主人公が好きになる「久住くん」は典型的なクール系男子だ。素っ気ないように見えてユーモアがあって、たまに見せる笑顔が魅力的で、作中の主人公はもちろんのこと、読者の心も鷲づかみにしている──らしい。  本当はコミックごと持ってきたかったけれど、残念ながら漫画の持ち込みは校則で禁止だ。なので、参考になりそうなシーンをいくつかコピーしてきたというわけだ。 「この久住くんのセリフを、今から間中くんに練習してもらいます」 「へっ!? なんで!?」 「だから『もっとクール系男子になってもらうため』だってば」  この一ヶ月で、たしかに間中くんはクール系男子っぽい雰囲気を出せるようになった。でも、それは「女子とあまり喋らないこと」でなんとか成立させているものだ。 「だから、そろそろ少しくらい喋ってもクール系男子っぽく見えるようになってほしいんだよね」 「えーできるかな、そんなの」 「できないと、結麻ちゃんを紹介しても会話が成立しないよ」 「へ……」 「だって、喋ることで『クール系男子じゃない』ってバレるなら、ずっと黙っているしかないでしょ」 「!!」  たしかにそうじゃん、と間中くんは声をあげた。 「それはやだ! 池沢先輩といっぱいしゃべりたい!」 「じゃあ、がんばって練習しなよ」  ほら、と間中くんにテキストを押しつける。  なのに、間中くんはパラパラとページをめくっただけで「えー」と唇をとがらせた。 「俺、こんな恥ずかしいこと言えない」 「恥ずかしいって、どのあたりが?」 「全部だよ、全部! ほら、こことか!」  間中くんが指差したのは、久住くんがヒロインの顔をのぞきこんで、ふっと笑うシーンだ。 ──「お前、笑うと可愛いのな」 「えっ、これくらいふつうじゃない?」 「ふつうじゃない! 『かわいい』なんて言わない! ていうか言えない!」  そうなの? でも、男子ってよく「隣のクラスの針田、可愛いよなぁ」とか言ってるよね? 「あれは本人がいないからだろ。面と向かってだと絶対言えない」  なるほど──たしかに、彼らが直接針田さんに「かわいい」って言っているところは見たことないかも。 「でも、じゃあ、間中くんはずーっと結麻ちゃんに『かわいい』とか『きれい』とか言わないの?」 「うっ……」 「たとえば結麻ちゃんとデートすることになったとしてさ。結麻ちゃんがすごいおしゃれしてきたのに『恥ずかしいから』って何も言わないの?」 「そ、それは……」  唇をとがらせたまま、モゴモゴゴニョゴニョ。  ああ、もうじれったいなぁ。結論なんて、どうせ決まっているのに。  返事をうながそうとしたところで、ようやく間中くんは顔をあげた。 「やっぱ言う! ちゃんと言う!」  だよね、じゃあ…… 「どんなふうに?」 「『今日の池沢先輩、すごくきれいっす!』──」  ハイ、予想どおり。  それのどこがクール系男子?  ここぞとばかりにそう指摘すると、間中くんは「ああっ」と頭を抱え込んだ。 「いや……違……」 「違わない。今のぜんぜんクール系じゃなかった」 「そうだけど……だって、いきなりだったし……」 「いきなりに対応できないのは、予習していないからだよ」  サッカーだって同じはずだ。なんの練習もしていないプレーを、いきなり試合でできるはずがない。 「つまり練習あるのみ! ほら、さっさと久住くんのマネをして!」 「え──」 「まずは壁に寄りかかって、ポケットに手を入れてちょっと余裕ある雰囲気だして。首もこうやって少し傾げて……」 「待って待って! 無理! いきなりは無理!」 「無理って言わない! ほら、早く首傾げて、ふっと微笑んで──ハイ、ここでセリフ!」 「お……『お前、笑うと可愛いのな』……?」 「ダメ、口元がひきつってる! やり直し!」
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