第1話

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 ドアの向こうから聞こえてきたやわらかな声。  どうぞ、と返事をすると、見知った顔がそっとあらわれた。 「よかった。おじゃまします」 「結麻(ゆま)ぁ……っ」  結麻ちゃんの姿を見るなり、お姉ちゃんは勢いよく抱きついた。 「聞いてよ、結麻。私、またフラれたんだけど!」 「そうなの? 大変だったね」 「それ! ほんと大変だったの! しかも、ただフラれただけじゃなくてさ、もうほんと超最悪で──」  一方的すぎるお姉ちゃんのおしゃべりを、結麻ちゃんは「うんうん」とうなずきながら聞いている。  すごいな、天使か。  ここに天使がいるよ、神様。  いとこの結麻ちゃんは、お姉ちゃんと同じ3年生なのに、いつも落ち着いていて、すごく優しい。  しかも美人だ。「吹奏楽部の池沢(いけざわ)先輩」といえば、誰もが「ああ、あのきれいな人」っていうくらいの美人。 「それでさ、私がめちゃくちゃ傷ついてるのにさ、友香(ともか)ってばぜんぜん話を聞いてくれなくて……」  ──おっと、いつのまにか私が悪者になっている。 「ふつう、こういうときってなぐさめてくれるものじゃん? なのに私のこと『学習能力がない』とかバカにしてさ」 「それは、お姉ちゃんが先にバカにしてきたからだよ」 「そんなことしてない!」 「したよ! 私のこと、初恋もまだで異常だって言ったじゃん!」  とっさに言い返したあとで、ドキドキした。  だって、結麻ちゃんにまで「え、まだだったの?」って笑われたらさすがに落ち込んでしまいそうだったから。  でも、さすがは結麻ちゃん。私の恋愛事情を聞いても、ふわっと微笑んだだけだった。 「トモちゃんの一番は本だもんね」  そう──そうなの! 「読書が好きなの! 本が一番なの!」  だって、面白い本って何度読んでも面白いでしょ。  いつもわくわくどきどきさせてくれるし、読み返すたびに新しい発見があるし。  でも、恋愛は薄っぺらだ。  どんなに好き好き大好きっていったところで、そんなのどうせ一時的なこと。  うちのお姉ちゃんがいい例で、今は「フラれた」って大騒ぎしてるけど、どうせ3日もすれば、また新しい人を好きになっているはず。 もちろん、私だってぜんぶの恋愛を否定するつもりはないよ? 「結婚」ってゴールが見えている恋愛なら、ぜんぜん有り。つまり、大人が恋愛するのは否定しない。そういう小説も、読んだことがあるし。  でもさ、中学生が恋愛する意味ってある?  どうせすぐに心変わりするのに?  薄っぺらな恋しかできないのに?  思うに、中学生の「好き」なんて、しょせん大人のまねごとなんだよ。3年生の目立つ人たちが、ちょっとパーマをかけたり、色つきリップを塗ったりするようなもの。  かといって、真剣な恋をした場合、それはそれでろくな結果にならないでしょ。  たとえば、かの有名な「ロミオとジュリエット」。たしか、ロミオは高校生くらい、ジュリエットは中学生くらいの年齢だったはずだけど、あれなんてまさに未成年らしいあさはかな結末だよね? 彼らが大人だったら、きっとあんな勘違いで死んじゃうこともなかったのに。  そう、子供が恋愛するとろくなことがない。  やっぱり、恋愛は大人になって「結婚」を考えてからするものなんだ。  ──なんて私の一人語りも、結麻ちゃんはいつもニコニコしながら聞いてくれる。  優しい。ほんと天使。  お姉ちゃんなんて、途中から飽きてタブレット端末で動画をみはじめたのに。  ていうか、さっきまで「フラれた〜」って落ち込んでいたはずなのに、30分もしないでくだらない動画でゲラゲラ笑っているの、ほんと意味がわかんない。 「結麻ちゃんがお姉ちゃんだったらな」 「ん?」 「そしたら、おしゃべりしたいこといっぱいあるのに」 「じゃあ、トモちゃん、うちの子になる?」  おっとり笑う結麻ちゃんの隣で、「友香ウザい」ってお姉ちゃんが吐き捨てた。  なに言ってんの。お姉ちゃんのタブレット端末から聞こえてくる、わざとらしい笑い声のほうが、よっぽど耳障りでうっとおしいんですけど。
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