第4話

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 目が合うなり、結麻ちゃんはにっこり笑顔で近づいてきた。  さらさらと揺れる髪の毛。  隣にいたはずの間中くんが、緊張したように一歩後ずさる。 「めずらしいね、結麻ちゃんが1年生のとこに来るなんて」 「吹奏楽部の子たちに用があったの。今日のパート練のことで、いろいろ変更があって」  やわらかな結麻ちゃんの眼差しが、ふわっと私の背後に移る。  間中くんが、短く息をのんだのがわかった。 「こんにちは。この間トモちゃんと一緒にいた子だよね?」 (え……) なにそれなにそれ! 結麻ちゃん、間中くんのことを覚えていたの!? 一ヶ月以上も前のことなのに!? いきなりのチャンス到来。今こそ特訓の成果を発揮するときだ。 さあ、行け! かっこよく自己紹介しろ、クール系男子・間中勇! 「あ、え、ええと……うっす!」  違う、それじゃ、素の「間中くん」だよ!  しっかりして! ちゃんと「クール系男子」になって!  けれども、間中くんの視線はずっとグラグラしたまま。あまりにも動揺しているのか、今にもひっくり返ってしまいそうだ。  マズい。このままだと、ただの「挙動不審な声の大きい子」で終わっちゃう。  焦った私は、間中くんの腕をつかまえると、結麻ちゃんの前に引っ張り出した。 「結麻ちゃん、この人、同じクラスの間中くん」 「間中……」 「そう! 間中勇くん!」  よし、これで名前を伝えることはできた。  あとはアピールだ。 「彼、クール系男子なの、よろしくね」──ちょっと露骨すぎるな。 「普段は無口だけど喋ると面白いの」──これもなんか違う。 「サッカー大好き、サッカーバカなの」──クール系男子と関係ない!  どうしよう、どうしよう。必死に頭をフル回転させる私と、あわあわしたまま何もできない間中くん。  ところが、この状況を変えたのはまさかまさかの結麻ちゃんだった。 「間中くんって、もしかしてサッカー部?」 「へっ?」 「あ、違ってたらごめんなさい」  結麻ちゃんの控えめな微笑みに、間中くんは「いえ!」と大声をあげた。 「サッカー部っす! FWっす!」 「そうだよね、やっぱり」  え、えっ……どうして、結麻ちゃんがそのことを知っているの?  そんな疑問が、顔に出てしまったのだろう。  結麻ちゃんは、どこか楽しそうに口元をほころばせた。 「声がね、よく聞こえるの」 「声?」 「そう、朝練のとき。音楽室まで聞こえてくるくらい、毎日大きな声を出してる子がいるなぁって」  それで、気になった結麻ちゃんは同じクラスのサッカー部の人に聞いてみたらしい。 「そしたら『それ、たぶん1年の間中だ』って。キミのことだったんだね」  まさかの、驚きの展開。  間中くんなんて、さっきからずっと口を開けたまま。とてもじゃないけど、特訓の成果を披露するどころじゃない。 「サッカー部、次の試合に勝ったら決勝戦でしょう? 決勝は吹奏楽部も応援に行くから、がんばってね」  それじゃ、と微笑みを残して、結麻ちゃんは去っていった。  つややかな黒髪が東階段の踊り場に消えたところで、私は勢いよく振り返った。 「やったじゃん! 会話できたじゃん!」 「……」 「……間中くん?」  意外にも、間中くんは喜んでも興奮してもいなかった。  むしろ、困惑したような顔をしていた。 「どうしたの? 大丈夫?」 「……え?」 「なんかへんな顔してる。気になることでもあった?」 「……いや」  間中くんは小さく首を振ると、私より先に歩き出した。  その背中が、やけに頼りなく見えたのは──ただの気のせいだろうか。 (へんなの)  ようやく結麻ちゃんと話せたのに。  名前と顔を認識してもらえたのに。 (しかも、結麻ちゃんが間中くんのことを知っていたなんて)  声だけとはいえ、それってすごいことだよね?  なのに、なんで間中くんはぜんぜん嬉しそうじゃないんだろう。
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