第5話

2/7
前へ
/74ページ
次へ
 ああ、イヤだ。なんで、こうなっちゃったんだろう。  間中くんに協力すると決めたのは、私だ。結麻ちゃんとうまくいくように、いろいろ作戦を授けたのも私。  なのに、なんで今更モヤモヤしているのか。  部屋のベッドに突っ伏したまま、私はただただ頭をめぐらせる。  けれども、真っ先に浮かんでくる「答え」は、私が決して認めたくないものばかり。  だって、そんなの有り得ない。これまで、さんざん否定してきたはずなのに。  ぐだぐだ考えていると、小さなノック音が響いた。 「トモちゃん、いる?」  ばくん、と心臓が大きく跳ねた。  大好きな、でも今はあまり会いたくなかった人。  どうしよう。私、結麻ちゃんの前で普段どおりにふるまえるかな。  そんなことをモダモダ考えていると、再び控えめなノックが2回響いた。 「トモちゃん、入ってもいい?」  やわらかな、あたたかい声。  私はようやく身体を起こすと、ドアの向こうに「いいよ」と声をかけた。 「ごめんね、もしかして眠ってた?」 「ううん、ちょっと考え事をしてただけ」 「そうなの? 出なおそうか?」 「いいよ、もう終わったから。それよりどうしたの?」  いちおう訊ねてみたけど、理由はなんとなくわかっていた。だって、結麻ちゃんの手にあったのは、私が好きな作家さんの最新作だったから。 「これ、どうぞ」 「いいの? 借りても」 「もちろん。私はもう読み終わったから、ゆっくり読むといいよ」 「ありがとう。……でも、たぶんすぐに読み終わっちゃうと思う」 「そうだね。トモちゃん、夢中になると徹夜して読んじゃうもんね」  ふふ、と笑われてちょっと恥ずかしくなる。  結麻ちゃんは、そんなことないんだろうな。ちゃんと時間を守って、計画的に読みすすめるんだろうな。 「面白かった?」 「すごく。本当は今すぐネタバレしたいくらい」 「やめて! それだけは禁止!」 「わかってるよ。ちゃんとトモちゃんが読み終わるまで待ってます」  ああ、やっぱり結麻ちゃんと一緒にいるのは楽しい。思っていることを好きなように話せるし、お姉ちゃんみたいに腹がたつようなことを言わないし。 「そうだ、トモちゃんがこの間買った本、借りてもいい?」 「えっ」 「学園ミステリーの。たしか最新作を買ったって言ってたよね?」 「う、うん、買ってはいるけど、その……実はまだ読んでいる途中で……」 「そうなの? めずらしいね、トモちゃんが一気に読まないなんて」  結麻ちゃんの指摘に、頬が熱くなる。  本当にそのとおりだ。こんなの、どう考えたって私らしくない。 「ごめん! ほんとごめん! たぶん来週には貸せるから」 「いいよ、無理しなくても。楽しい本はじっくり時間をかけて読みたいもんね」  違う、そうじゃない。  本当の理由なんて、恥ずかしすぎて言えない。 「とにかく大丈夫! 来週には絶対貸せるから!」 「わかった。楽しみにしているね」 「うん!」  へんに力をこめすぎたせいか、やけに声が大きくなる。そんな私を見て、なぜか結麻ちゃんは「ふふ」と目を細めた。 「今のトモちゃん、なんだかあの子みたいだった」 「あの子?」 「サッカー部の間中くん」  さらりと告げられた名前に、今度はぎゅんって心臓が跳ねあがる。 「彼、最近よく挨拶してくれるんだよ。いつも元気いっぱいで面白い子だよね」  思い出したようにクスクス笑っている結麻ちゃん。この様子からわかるのは、私たちの作戦がうまくいっているってこと。  なのに、なぜか嬉しい気持ちがあまり沸いてこない。それどころか、私の心はじっとりとした靄に包まれているかのよう。 「そ……そんな面白い子じゃないよ」  気がついたら、勝手に口が動いていた。 「間中くんって、声が大きくて目立つけどただそれだけだし、元気いっぱいっていうよりうるさいだけだし、ただのサッカーバカだし、授業中はしょっちゅう寝てるし、それに……それに……」  ここで言葉が途切れたのは、結麻ちゃんが目を丸くしていることに気づいたからだ。  どうしよう。私、今、間中くんの印象を悪くするようなことばかり言ってしまった! 「あっ、その……っ」  違う、こんなことを言いたかったんじゃない。  私は間中くんの協力者だ。今こそ、彼のいいところをアピールするべきだったのに。  うろたえる私に、結麻ちゃんは「そういえば」と話題を変えてくれた。 「文化祭のクラス展示、何をするかもう決まった?」 「えっ、ええと……」 「うちのクラスはおばけ屋敷。でも、4組も同じみたいで、お互いこっそり偵察しあったりしているの」 「そ、そうなんだ……それは大変だね……」  うわすべりな会話。でも、ちょっとホッとしている自分もいて、そのことにまた胸がモヤモヤした。  どうしよう。こんなの嫌だ。  このままだと、私は私を嫌いになりそうだ。  だって、おかしいじゃないか。間中くんに「協力する」って約束したのに、足を引っ張るようなことをするなんて。 (間中くんのアピールポイント、いっぱいあったのに)  人懐っこいところ。  誰とでもすぐに仲良くなれるところ。  サッカーに真剣に取り組んでいるところ。  性格がまっすぐなところ。  自分が悪いと思ったときはちゃんと謝ってくれるところ。  ああ見えて、意外とまじめなところ。 (それに、笑顔……)  にごりのない、晴れた日の太陽のようなカラリとしたあの笑顔。  なんで、間中くんのそういうところを結麻ちゃんに伝えられないんだろう。  わからない。ただ、すごく苦しい。  この状況を変えるには、いったいどうすればいいんだろう。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加