第1話

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 案の定、お姉ちゃんの「フラれて悲しい」は1週間も続かなかった。  今は2年生の生徒会の子に夢中。きっかけは、落とした給食帽を拾ってくれたからだって。「絶対、私に気があるよ」って自信満々に言ってたけど、目の前に落とし物があったら、ふつう誰だって拾うものなんじゃないの?  ついでに、私が図書室でイエローカードを出したゆきっちさんは、昨日野球部の子と一緒に帰ってた。あの人が泣きながら「好き」って言ってた人、たしかバスケ部だったよね? もうどうでもいいんだ、バスケ部は。  でも、まあ、そんなものか。しょせんは大人のまねごとなんだから。  そんなこんなで、今日もあちこちで「恋」の話題があふれてる。  今だって、ほら── 「あ、やっぱり告白する気だよ?」 「うそ! うまくいきそう?」 「えーなんかダメっぽい?」  窓辺に貼りついて、中庭の光景を実況中継しているクラスメイトたち。  ねえ、そこ、私の席なんですけど。  そう言ってやりたいのに、言葉が出てこない。だって、絶対に嫌な顔されるし。  本当は、この間みたいに図書室でイエローカードを出したりするのもあまり好きじゃない。文句を言われたり睨まれたりすることなんてしょっちゅうで、相手が上級生のときはいつも心臓がバクバクしている。それでも「静かにしてください」と伝えるのは、それが図書委員としての仕事だからだ。  でも、ここは教室で、注意するのは私の仕事じゃないわけで── (図書室に行こう)  べつに、あの子たちに屈したわけじゃない。あくまで、いろいろ考えた上での「総合的判断」ってやつだ。  それに、今日は図書当番じゃない分、好きなだけ本を探すことができるし。  そう思って回れ右したところで「佐島!」と大きな声が響いた。  わざわざ確かめるまでもない──この声は間中(まなか)くんだ。 「佐島、あのさ! あのさ!」 「数学の宿題なら貸さない」 「大丈夫、今日は出席番号的に当てられないから! それより……」  ギュッと両手を捕まれた。  その強さと、私の手がすっぽり隠れる大きさに、思わず「ひっ」って声が出た。 「佐島、おねがい! つきあって!」
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