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 私は黒いレースにピンクのハート柄のリボンを手に取って小さく溜息を吐く。色合いは好きなんだけれど、ちょっとこう、なんかキャラが重い。でも好きなのよねえ。  お姉ちゃんと髪を結ぶリボンの買い足しに来た私は、なんとなく手に取ったそれを買うかどうか、既に結構な時間悩んでいた。 「ねえ、これいいんじゃない?」  そんな私を見かねたのか、お姉ちゃんが青地に白いハート柄のものを差し出してきた。正直に言えば色合いがあまり趣味ではないのだけれど、気に入らないというほどのものでもない。 「お姉ちゃん青系好きだねえ」 「まあね、似合うし? それにあたしに似合うってことは妹ちゃんにも似あうってことでしょ」  そう言って屈託なく笑う彼女につられて私も笑顔で頷く。  だって私たちは一卵性双子の姉妹。顔も背丈もスタイルもぴったりおなじ。だからといって好みまでなにもかもおなじというわけでもないのだけれど、まあとにかく見た目は写真なら本人である私たちでもたまに見分けがつかないくらいにはそっくりなのだから似合うと言われれば間違いは無いだろう。 「それじゃあこれにしよっかな。ハートも可愛いし」  迷っていたほうのリボンを棚に戻して会計を済ませると、ふたりで一緒に家に帰る。  玄関を開けると下駄箱の上でバントラが待っていた。「なぁーん」と声を上げてフサフサの尻尾を揺らす。 「はいはいただいまただいま」  そう言いながら差し出されたお姉ちゃんの手に頬擦りする猫のバントラは白と薄茶色のマンチカンだ。 「あんたはほんとお姉ちゃん好きね」  呆れたように言った私にもお世辞程度に「にゃーん」と鳴いた。声に込められた甘え具合が全然違うわね。  五年前の誕生日プレゼントでペットを強請ったのは私だったけれども、声も顔も同じはずなのに何故だかお姉ちゃんを見分けて懐いている。やっぱり選んでいるときにお姉ちゃんが勧めたのを猫なりに覚えて恩義を感じているのだろうか。あと名前はパパがつけたんだけど意味はよくわからない。  部屋で着替えて居間へ出ていくとお姉ちゃんが買ってきたリボンを付けてくれた。  手鏡を覗き込んでみると、なるほど確かになかなか似合っている。お姉ちゃんもイメージ以上だったのか、私の周りをうろうろしながら上機嫌だ。さらにその後ろをバントラがうろうろとついてまわっているのが面白可愛い。  それから数日。私は例のリボンを付けているときには朝夕問わず、学校や遊びに出ているときでも頻繁にお姉ちゃんの視線を感じていた。よほどこのリボンを気に入ったのだろう。お姉ちゃんには昔からそういうところがある。  自分から私に色々と勧めてくる癖に、勧めたものが私に似合って満足していたはずの視線がいつの間にか羨ましそうな、もっと言えば物欲しそうな雰囲気へと変わっているのだ。  別にお姉ちゃんはケチだとかそういうわけじゃない。  むしろ彼女は私に色々と買ってプレゼントしてくれたりもするし、それは私のものを欲しがる頻度よりも多いくらいなのだ。  だからこそ尚更よくわからないというか、もしかすると姉妹だからと私たちの(あいだ)の物を逐一区別するような感覚が希薄なのかもしれない。そんなふうに思うこともあった。  ともあれ、ある朝お姉ちゃんがリボンを選んでいるときに「良かったら使う?」と例のリボンを勧めてみる。お姉ちゃんは喜んでそれを付けると上機嫌で学校へ出て行った。まあ、私もお姉ちゃんも両親だってなにも言わないけれど、我が家ではよくあることだ。私は昨日こっそり買った黒いレースとピンクのハート柄のリボンを付けて鏡を覗き込んだ。  うん、こっちだって似合ってるし、っていうかやっぱり私はこっちのほうが好みだな。  青いリボンはお姉ちゃんにあげることにした。お金は別にいいって言ったんだけど向こうも引かなくて、カフェチェーン【フタバ】で奢ってもらうという話で折り合いをつける。  放課後、学校近くのフタバでラージサイズのトリプル抹茶ラテ豆乳生クリームホイップ爆盛り濃縮抹茶ソース追加を奢って貰った私はお姉ちゃんとお店のカウンターでドラマ談議に花を咲かせていた。  今期最も話題の【濃姫様は告られたい ~でもそうはマムシが許さない~】は一目惚れで両片想いとなった濃姫に告白しようとする信長と絶対告白させたくない濃姫の父、斎藤道三が繰り広げる熾烈な駆け引きをなんとかしようとする濃姫が絶妙な空気の読めなさで両者の思惑を台無しにしていく恋愛大河コメディドラマ。大河ドラマで培われてきた本格的なセットや撮影技術はそのままに毎回現代めいたドタバタコメディが炸裂し、ファンを熱狂させアンチも熱狂させる、老若男女が注目している問題作だ。 「まさかあそこで濃姫の密書を受け取った信勝が突入してくるなんて」 「あれには鬼柴田も苦笑いだったわね。来週生きてるかな信勝……」 「やっぱりそこは史実に寄せて」 「やめて! あたしの推しすぐ死ぬんだから!」 「業が深いわー」  溜息のように呟いてラテをすする。ふと、窓の外に学生カップルの姿が目に入った。おさげ髪に眼鏡の少女に半歩遅れるように歩く華奢な少年は少女に懐いた仔犬のようにも見える。 「私も男子から告られたいなあ」  言ってから、我ながらしょうもない愚痴を漏らしてしまったと思う。それを聞いたお姉ちゃんは不思議そうに首を傾げた。 「えー、自分で告ったほうがよくない? 相手選べるし」  確かにそれはそれで間違いない。変な相手に告られても困るだけだ。それでも私は半笑いで首を横に振った。 「男子ってこっちから告白すると自分のほうが上って考えるらしいのよね。去年別れた彼がそんなだった」  いや、もしかすると個人差でしかないのかも知れないんだけど。でも初めてこっちから告白した相手がそんなだと、どうしても警戒してしまう。当時を思い出したのだろう、お姉ちゃんも苦笑いを浮かべた。 「あー、そういえば言ってたわね。去年めちゃめちゃ愚痴ってたっけ」 「そ。だからこっちからっていうのは、ちょっとしばらくいいわ」 「でも彼氏は欲しいと」 「我ながら都合の良いこと言ってるとは思うけどねー。別に信長みたいに熱烈じゃなくてもいいけどさ」  溜息を吐く私を見たお姉ちゃんは、なにかしら思うところがあるようだったけれども、それはすぐに答えが出た。  数日後、私はあっさりと同学年の男子から告白を受けて付き合うことになったのだ。少し探りを入れてみたらはっきりとは言わなかったけれども、どうやらお姉ちゃんが唆したような気がしないでもなかった。  まあそんなことを言っても別に確証があるわけでもない。彼くんとも話してお姉ちゃんには交際を始めたと報告した。  彼女は並んで立つ私たちを見て上機嫌で口にする。 「おめでと。凄くお似合いよふたりとも」  それから一ヶ月。  最近のお姉ちゃんの視線に私は……言い知れない不安を感じている。
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