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――わたしはずっと、意味のない子どもだった――
灰色の雲が低く垂れ込め、そこはだいぶ寒いのに、母は庭に設えたベンチに座って、ただただ空を眺めている。
わたしはずっと、母は身体の弱い人だと思っていたのだ。
家のことは総て家政婦さんがやってくれていたし、大きな声を出したりしているところなども見たことがなかった。それでも、わたしが呼びかけながら側に寄れば、少し冷えた掌で頬を包みながら微笑んで、
「伽耶ちゃんはいい子。ママは、いつでも伽耶ちゃんが大好き」
必ず、そう呟いた。
幼い頃から母はそういう人だった。
父はと言えば、とても忙しいようであまり家で見掛ける機会さえもなかった。
そんな家庭で、一人っ子だったわたしは、一人で何かをするということがそれほど苦ではなかったし、あまり気にもならないような子だったのだ。
この時点で父を含む周りの大人たちのわたしに対する評価は“変わった子”だったのだと、後に知った。
わたしは幼稚園などには通っていなかったので、相変わらず一人で、与えられた絵本などを読んでみたり、気ままに公園に出掛けたり、道すがら草花を摘んだりしながら、日がな一日を過ごしていた。
そんなある日、陽も傾きかけ、そろそろ帰ろうかと思い、近道をするために家のすぐ裏手に続いている、公園の遊歩道を抜けたときのこと。
視界いっぱいに舞い上がる何か、たんぽぽの綿毛のようなふわふわの塊。理解が追い付かなくて、暫く、不思議な面持ちでそれを見上げていた。
そして気付いた。それは哀れな仔猫たちの体毛なのだと。
大きなカラスたちが、野良猫の親子が塒にしていた側溝の狭い開口部から、仔猫たちを引きずり出し、寄ってたかって突き回していたのだ。
そのとき、わたしの中である感情が沸き上がる。もともと、それほど感情の起伏がある方ではなかったようだが、内在する越流しそうでよく分からない何か。いや、密かに予感していた見知った感情。
カラスたちを、あの仔猫たちと同じ目に遭わせてやったら、とても愉快に違いないと幼いながらに思ったのだ。
それから幾日か経った日の事、
「何をしている」
と、不意に父に呼びかけられたのだ。
大量の黒い鳥の羽を、近くの公園で一人ばら撒いていたときだった。まだ陽が高い時間だったので、こんな時間に仕事から帰って来るなんて珍しいなという多少の違和感と、あまり口を利いたことのない父に話しかけられたという嬉しさで、わたしは、カラスと仔猫の件を嬉々として話した。
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