パンドラたちの叙述――伽耶side――

6/15
前へ
/15ページ
次へ
 なぜなら、今までもきっとこれからも、父は“外気”にすることはないだろうと思われたからだ。まあまあの年数を経過した車ではあるはずなのに、操作パネルの“外気”への切り替えをする部分には、ほぼ触った形跡が無かったのだ。 「話すことがないのなら、帰りなさい。近くの駅まで送るから」  家まで送るとさえ言わない父に多少の失望を抱いた。が、失望したということは、まだ何かしら期待をしていたということであって、そんな自分に少し驚いてしまった。  通学で地下鉄など使わないわたしを、地下鉄の駅の出入り口で車から下ろした父。そんな父の走り去る車の後ろ姿が、酷暑ゆえの揺らめく陽炎に歪んで行くのを、ずっと目の端に留めていた。 「いってらっしゃい」  父に対して、初めての言葉が口を吐いて出た。  ほんの数日前、ディーラーに点検に出すと言うような事があったようだが、結局ディーラーからは異常などの報告はなく、回転数のチューニングを多少し直しただけだと書面で通知があった。それが、広げたまま居間の机に置かれていたのを見たから。  “点検時に、見つけられないほど深部で燃料漏れを起こしている。この酷暑で外気温は非常に高い。その熱で、漏れたガソリンは気化しガス化して溜まる”  それは飽くまでも、機械の構造に疎いわたしの想像でしかないのだ。  この先、不運な事象が起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。万が一それが起こったとして、多分ディーラーの不備が一度は疑われるだろうが、直前に、今まで一度も父の車に乗ったことのないわたしが、たまたまこのときは同乗していたと分かれば、確実にディーラーの責任問題は回避されるだろう。  そんな事を想像すると、何だか他者を救ったような善いことをしたような気分になった。  が、そうしたところで、証拠などなくとも父の周辺は、わたしの関与を信じて疑わないのだろうと容易に想像が出来た。           ※           ※ 『意味を探しているんでしょ?』 「最初から意味は無い。この時間と空間があてがわれたということが、あたしが今ここに在るという意味だ」 『孤独だと思っている?』 「孤独だと思うのは、周りと関りを持ちたいと望む気持ちがあればこそ。無意味な感情を表現する必要性はないの。わたしを否定するのか、そうではないのかだけ区別が出来れば、この世界には足りると思う」  わたしがそう答えると、あなたは無言のまま頷いたように見えた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加