【 トライポフォビア 】

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【 トライポフォビア 】

 彼女はあれからずっと目を瞑っている。それはなぜだ?  僕がタピオカドリンクを飲み終わると、ようやく彼女は目を開けた。 「さっき、ずっと目を瞑っていたのはどうして? 目に何か塩水でも入った?」 「ううん、タピオカが見ていられなくて……」 「タピオカが?」 「はい、タピオカの粒々がダメで……」  僕の頭の中に、一つ思い当たることがある。確かあれは医学部の授業でもやったことがある。  粒々がダメ。  それは、『トライポフォビア』――。  そう、いわゆる集合体恐怖症(しゅうごうたいきょうふしょう)だ。  人間の進化の過程で生まれる防衛本能がそうさせるとも言われるこの恐怖症。  毒々しい蛇やタコやキノコなどのブツブツ。蓮の実やハチの巣などの集合体。  先ほどのタピオカや蛙の卵などのブツブツにも嫌悪感が出るという。  そう言えば、思い当たることがある。昨日、雨が降って来た時のこと。  彼女は淡い赤茶色のレンガの上に落ちて来た雨粒に、急に目を瞑りながら走り去ったこと。  家に車で送った時に、助手席で窓ガラスに付いた水滴を見て怖がったこと。  全ては、これだったのかと理解した。 「夏ちゃんって、ひょっとしてトライポフォビア、集合体恐怖症?」 「難しい言葉は分からないですけど、沢山ブツブツ集まったものは見ていられません……」  やっぱりそうだ。だからタピオカドリンクを選ばなかったんだ。  僕はハッと気づき、ズボンの後ろポケットからスマホを取り出して彼女に見せた。 「ひょっとして、これもダメかな?」  彼女は僕のスマホをチラリと見る。すると――。 「きゃっ!」  彼女は目を瞑り、両手で顔を塞いだ。  やはりそうだ。僕のスマホに付いている3つのカメラ、通称:タピオカカメラさえもダメなんだ。  だから、拾った僕のスマホを目を瞑りながら渡したんだ。
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