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【 近くて遠い 】
港公園を出て、信号を左へと曲がり、この土砂降りの雨の中、大きな幹線道路を車で走る。
雨が益々酷くなり、ワイパーのスピードも一段速めた。
「僕の名前は、芦田 光。さっき言った通り、港医大の2年生。もうすぐお酒が飲める19歳。君の名前は?」
「山篠 夏。もうすぐ14歳になる中学2年生です」
「夏ちゃんか。いい名前だね。夏生まれだからかな?」
「う、うん。多分そうだと思う」
「でも、君にピッタリの名前だね。爽やかで実に夏ちゃんっぽい」
「うふふっ、そうですか?」
チラリと君の顔を見た。その笑った顔は、こんな雨の日なのに、なぜか輝いて見えた。
同じ地域、同じ中学ということもあってか、彼女も徐々に心を開くように、車内での会話が弾んでいった。
「キャッ!」
左の方を見た彼女が、なぜか急に両手で顔を覆った。
「どうしたんだい? 夏ちゃん」
「窓ガラスに水滴が……」
「水滴? 夏ちゃんは水が苦手なの?」
「いいえ、水は大丈夫なんですけど、水滴が苦手で……」
「水滴が? そうなんだ。変わったものが苦手なんだね」
「う、うん……」
この時、僕は彼女の言った意味がまだ理解できていなかった。
そうこうしている間に、彼女の家の前まで来ていた。
「あっ、このオレンジ色の屋根の家が、私の家です」
「そうか、本当に僕の住んでいるアパートと近いんだね。歩いて5分くらいのところに僕も住んでいるんだ」
彼女の家の前で車を停めて、彼女と別れた。
「それじゃあ、またね」
「はい、またどこかで。ありがとうございました」
彼女は手を頭の上でパーの形にして上を向けながら、家の玄関まで走って行く。
玄関の前まで行くと、くるりと振り返り、こちらへ笑いながら胸の前で小さく手を振った。
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