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13
夜の早坂神社の境内に、俺とアユミと雪音さんがいた。
「…………いよいよね。こうなってしまうことは分かっていたけれど……」
雪音さんは、つらそうだった。当然だろう、櫻坂ミズキという男を知っている者なら、誰だってこの結末を受け入れられない。あんなに優しかった男でも、呪いという病は別人のように豹変させてしまうのだという残酷な現実が提示されていた。
大きく息を吐いて、雪音さんは気持ちを切り替えたようだった。
「迷いは断ち切りましょう。縁条市所属の私たちは、狩人として、秩序の味方としての役割を真っ当します!」
拳を握る。
分かっていた。
わかってはいても、正式に命令されると遅れて実感がやってくる。
「櫻坂ミズキを完全暴走と認定! 羽村くん、アユミちゃんの二名は速やかにこれを討伐しなさい!」
総括は、最後は無表情だった。
すべてを飲み込んだ鉄面皮を浮かべて見せたのだ。
「遠慮なく、後腐れなく――――何の感情もなく仕留めなさい!」
声は、力強く響いた。
決定を下すのは雪音さんの役目。
それを実行に移すのは俺たちの役目だ。
もう迷わない。
どれほど不利であろうとも、俺たちはミズキを斬り捨てる。
踵を返して境内の出口、鳥居へと向かう。
「――――待ってください!」
声は、鳥居の足元から聞こえた。詩織が、走ってきたのか息を切らし、鳥居に手をついていた。
張り付いた髪を剥がしながらこちらを見据える少女の姿に、俺は思わず雪音さんと視線を合わせた。
兄の完全暴走。その討伐に妹を参加させるわけにはいかない。
雪音さんは、当然この任務から詩織を外そうとしていたのだ。
「…………詩織ちゃん。どうしてここに」
「分かりますよ。兄が暴走したのなら、縁条市狩人の本拠で作戦会議するのは当然です」
淡々と、歩いてくる。その手には鞘に収まった西洋剣があった。
「私も行きます。連れて行ってください羽村さん、連れて行ってくれますよね?」
「待ちなさい。お兄さんと戦うことになるのよ。分かっている?」
「ええ、分かっています。こういう状況になることはずっと前から分かっていたことです」
「もう言葉は通じない。説得なんてできない。見なくていいものを見ることになる。きっと、一生悪夢にうなされることになるわ」
「はい、知っています。そうなるでしょうね、間違いないと思います。私、嫌なことがあるとすぐ夢に見ちゃうタイプなので」
詩織と、雪音さんが向き合っている。
詩織は花のように笑っている。
雪音さんは、真剣だった。
ここで諦めさせるべきだと分かっていたのだ。
「――――実の兄を、殺すことになるのよ? 詩織ちゃんには耐えられないのではないかしら」
「…………………………」
口元だけ笑みを浮かべたまま、詩織は沈黙した。
前髪に隠れて表情が見えない。
ただ、静かに口にした。
「雪音さん」
「何かしら」
「私が何を願って縁条市に来たのか、本当は気付いてたんじゃないですか?」
「――――っ」
今度は、雪音さんが唇を噛む番だった。
厳しい表情が崩れ去り、詩織の腕を掴んで、気遣う姉のように問いただす。
「本当に、それでいいの? 違う選択肢はたくさんある。なのに、そんな、よりにもよって一番悲しい別れ方を……」
詩織の返事は淡白だった。変わらず表情は見えない。
「はい」
それで、最後だった。
詩織はさっさと踵を返し、俺の腕を掴んで引っ張り、歩き出す。
「お――おい、待てよ詩織!」
詩織は鳥居の真下で振り返り、極上の笑顔を俺に向けるのだった。
「行きましょう、羽村さん。兄のところに連れて行ってください」
なんで笑う。
なんで笑える。
一体、詩織は何を考えている。
「羽村君、あとはお願い」
総括としてこの場に残るしかない雪音さんの声が、ひどく切実なものだったような気がした。
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