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 曇り空の日に、雪音さんに呼び出された。なんでも面倒を見てほしい人間がいるので、早坂神社に迎えに来てほしいとのことだった。  先生とアユミは通常業務で出掛けている。はたして偶然俺が呼ばれたのか、はたまた敢えて俺が非番の日を選んだのか、なんて雪音さんの意図などを考えながら街をゆく。  秋。  退廃な縁条市の風景が、ますます枯れ木じみてくる乾いた季節。だが今日は曇り空のくせに明るいし、気温も過ごしやすく、お日柄は悪くない。  しかし、通りがかったミラーに映る黒服の少年だけは不吉だろう。両手をポケットに突っ込み、猫背で、死んだ鳥類の目で気だるそうに歩く。髪は茶色でチェーンの片ピアス――――無論、俺・羽村リョウジのことである。  我ながら、ママチャリや老夫婦が行き交うような平穏な住宅地から浮いた存在である。周囲からは場違いな不良が歩いていると思われているに違いない。しかし俺自身、周囲の余計な干渉を避けるためには少しくらい浮いている方がちょうどいい気もしている。  『異常現象狩り』なんて存在は――――まわりに馴染んでいるべきではない。人とも関わるべきではない。誰とも関係せず、他人とは必要以上に会話することもなく、自分たちの人生を閉ざしている方がいい。 「…………フ」 「おや、羽村ちゃんじゃないの。また神社? お忙しいのねぇ」  なんてクールキャラを決めてみたところで、ご近所と関わってしまうことは防げないのであった。 「ああ中井のおばさんじゃねぇの。そうなんだよ、暇なんだよ不良は」  というか顔見知りだ。よく漬物とかもらう。 「中井さん、俺暇だしネズミーランド行きたいから小遣いくれよ。いいだろちょっとくらい、おいジャンプしろジャンプ」 「あらあら、威勢がいいのねぇ。格好いい髪の毛して、ハイカラな服着てよう似合おうてはるわねぇ」 「やめろ元・京都人! 褒めてるけど褒めてねぇだろそれ絶対!」 「宇治は京都ではないのよねぇ。洛外(らくがい)風情が身の程を弁えてほしいのよねぇ」 「知らねぇよ! 地元人以外にとってクソどうでもいい地域マウントすんじゃねぇよ! 言っとくが京都に天皇が住んでたのは江戸時代までの話だからな!」 「あらやだ声がよく通ること。それじゃあねぇ、また遊びましょうねぇ〜」  あらあらうふふと異様に穏やかに微笑みながら去っていった。取り残されてひとり呟く。 「…………『うるせぇ叫ぶな』って意味だよな、アレ……」  京都人マジはんなり。  中井おばさんの余韻もそこそこに、うだうだと歩いて目的の早坂神社にたどり着き、地獄のように長い長い石畳を上がる。途中、着物の双子とすれ違ったが無視。いちいち悪霊の相手などしていられない。 「こっちをみない? ねぇ碧、アホの羽村はめがみえないのか?」 「ちがうのです藍、羽村のアホはむししやがったのです。みえているのにみないふり」 「みないふりしてみてるのか。アホめ、はいごにきをつけろ」 「よみちをねらってやるからな、なのです」  おとといきやがれってんだ。しかし何か用事でもあったのか、忌々しい双子共はそれ以上絡んでは来なかった。からころと雅な下駄の音を響かせて、風のように石畳を下っていく。 「……亡霊は足が速いな」  どうでもいい感心をいだきながら、真っ赤な鳥居をくぐって早坂神社へと踏み入る。途端、清涼な大気が全身を撫でていった。   神社っていう場所には独特の空気がある。  整えられた砂利に、真新しくはないが風流の範囲に収まる古さの建築。  境内はほぼ無人――ただ一人、本堂の前で腕組みして難しい顔している巫女さんを除けば。 「雪音さん」 「あ――」  近づいて、声をかけたところでようやく気が付いてくれた。いつでも閑散期のため、普段は一人の来客でもあれば厳しく視線を走らせる雪音さんが。遠目で賽銭の金額を当てられる特技の秘密はいまだに分からない。 「……珍しいっすね。何か心配事っすか」 「ごめんなさい、ちょっとね。待ってたわ羽村君、来てくれてありがとう」  巫女服で、ポニーテールブームが過ぎたのか、最近は髪をおろしていることが多い。はっきりしている人だが、この髪型だと清楚さの方が勝る。 「いらっしゃい。待ってる間、上がってお茶でも飲む?」 「いえ、ここで大丈夫です」  縁条市狩人総括は、今日も淀みのない清廉な声を発する。  その――注意深く見れば、どこか表情が『穏やかすぎる』ような気がしないでもないのだが。 「………………」  長年の付き合いがある先生なら何か察せられるのかも知れないが、部下の一人である俺程度では何も読み取れなかった。詮索は諦める。 「それで、何なんです? 俺に面倒を見てやってほしいとかなんとか」 「そうなのよ。古い知り合いなんだけどね、わざわざ私を頼って身寄りのない縁条市に引っ越して来るから手助けしてあげたいの」 「ははぁ。雪音さんの古い知り合いっすか」  どんなだろう。女性だろうか。先生みたいな『強い』のでないことを祈る。  なんて勝手に想像していたら、雪音さんからメロディが鳴った。巫女服にまったく不似合いなスマホを取り出し、メールを確認する。 「噂をすれば、下まで来たって」 「さいですか。石畳の長さにゾッとしてる頃ですね」  上がって来るのを待つだけだ。賽銭箱の前の石段に腰をおろし、来客を待つことにする。  今頃、雪音さんの知人とやらは石畳を一歩一歩登っているのだろう。木々にはさまれた狭い階段を、出口に見える青空めがけて。 「…………」  同じく鳥居の方を見つめていた雪音さんの横顔を盗み見る。静かな表情だが、やはりどこか考え込んでいるような気配を感じる。それで、朧げながら来客のことを理解するのだった。俺に面倒を見ろという時点で決まっているが。  ――――訳ありだな。  胸中でつぶやくころ、ようやく鳥居の足元に来客が姿を現した。  少女と、青年だった。 「…………二人?」 「ええ。櫻坂(さくらざか)兄妹よ」  少女の方は、セーラー服に黒髪のボブカット――いわゆるおかっぱの、色の白い人形のような見た目だった。ひどく華奢で、繊細そうで、美しく澄んだ目をしている。図書館で読書でもしていそうな雰囲気だが、刀剣袋を背負っていて剣道部のようだった。  青年の方は、金髪のウルフカットで、身長が高くがっしりしている。耳から垂れ下がったピアスに余裕のある笑み。モデルのように決まったファッション。物珍しそうに神社を観察していたが、こちらに気付くなり勢いよく手を上げた。 「お――――雪音さん! お久しぶりっす!」  クールそうな見た目に反して、随分と人懐っこい表情を浮かべている。陽キャらしい。 「お久しぶり、ミズキ君に詩織ちゃん。元気だった?」 「元気も元気! 久しぶりに雪音さんに会えるって聞いて、俺もう夜も眠れませんでしたよ! なぁ詩織!」 「……お久し振りです、雪音さん。兄のことは無視してください、つけあがるので」  淡々と氷のような声で兄を(ザン)する妹。完全な無表情。対象的な兄妹だった。 「こっちが、縁条市(うち)の所属の羽村君よ。分からないことがあったら聞いてね」  兄妹の視線がこっちを向いた。 「羽村リョウジだ、よろしく。雪音さん、妹さんの背中の刀を見るにもしかして――」  刀――いや、それにしてはフォルムが直線すぎるか。 「そ、二人とも狩人よ。兄妹で狩人なんて珍しいでしょう?」  兄妹で狩人。揃って異常現象狩り。それは、なかなか見たことのない家庭環境だ。  兄の方がずずいと出てきて、陽気に挨拶してくれる。 「櫻坂(さくらざか)ミズキだ! よろしくな! でこっちが自慢の美人妹だ。ほら詩織、挨拶挨拶! 元気よくいけよ!」  エネルギッシュなやつ。よく吠えて遊ぼうとする犬のようだと思った。  妹の方は変わらず氷のように静かだ。礼儀正しく自己紹介してくれる。 「櫻坂詩織と申します、羽村さん。お世話になります。兄のことは無視してください、どこまでも調子に乗るので」 「だはははっっはは、とりあえず乾杯すっか乾杯! コーラだけどなぁ!」 「…………」  兄妹で、あまりの温度差だった。 「じゃ、少しばかり本堂の方で、お茶でも飲みながら話しましょうか。長旅疲れたでしょう、上がって上がって」 「うっす、いただきます! あそうだお土産あるっすよ雪音さん!」  軽快な足取りで雪音さんについていく兄貴――ミズキ。そいつが俺の目の前を通った瞬間――ゆらり、と大気に黒く滲むものを視た。思わず顔がこわばってしまう。  いまの、間違いない。  陽気なミズキはそんな素振りは微塵も見せないが。 「…………『呪い持ち』の狩人か。珍しいな」  呪いを狩る者でありながら、自身も呪いを宿す者。  言うまでもなく呪いという異常現象は強力で、危険で、そして武器として使えば何よりの力になる。縁条市(うち)でいえば、先生が一応該当者だ。諸事情により、雪音さんから使用禁止されているが。 「……珍しいですか? よくあることだと思いますけど」  まだ残っていた妹――詩織の方が、静かに俺の呟きに応えてくれる。案外律儀だな。 「そうなのか? 縁条市には呪い持ち狩人は一人しかいないし、あんまり見たことがなくってな。まぁそもそも俺、縁条市以外の狩人をほとんど知らねぇんだけど」  というか、師匠が雑なのでいろんな知識が薄すぎる。日頃から雪音さんが注意してくれてはいるのだが。  しかし、詩織は何か、俺の言葉に思うところがあるようだった。 「一人しかいない……そうなんですね。さすが雪音さん、人道的(・・・)です」 「人道的……?」  どういう意味だ。呪い持ちの狩人は人道的じゃないっていうのか? 確かにうちの先生はまったく人道的ではないが。  何かを察したのか、詩織は静かな瞳で問うて来る。 「……あなたはまだ、狩人になって日が浅いんですか?」 「ああ。訓練生活は長いが、最近ようやく見習いを脱却できたところでね」  見習いを脱却する。  縁条市においては、それは任務でバケモノと化した『人間』を殺害したことを意味する。 「………………」  命を奪ったことを、意味する。  この手は血に濡れている。初めて殺した相手は、誰だったか。 「そう――――辛かったでしょう。とてもよく分かります」 「………え?」 「せっかくの機会ですし、私たちと色々お話しませんか? 狩人という同業ですし――兄も、喜ぶと思います」  予想外に華やかな笑み。詩織は、大人しそうな見た目だが随分と話せる少女のようだった。細い声だが芯があり、言葉や表情に淀みがない。きっと内面を表しているのだろう。 「そうだな。俺も、余所の狩人の話は聞いてみたい。あとで俺の相方も紹介させてくれ」 「……ついでに、縁条市のご当地スイーツなどもご教授いただけると」 「縁条市にそんなもんはねぇよ。錆びと廃墟の街だからな、裏通りでばーさんがやってる和菓子屋のおはぎくらいじゃね」 「いいじゃないですか、おはぎ。ぜひとも食べてみたいです」  なんて言ってから、ころころと笑う。花のような笑みだった。  兄といい妹といい、個性は違うが二人とも整った容姿をしている。  櫻坂ミズキと、櫻坂詩織。  異常現象狩りなんて職業の割に、随分と『華やかな兄妹』のようだった。  本堂を背に振り返り、詩織は改まって折り目正しく頭を下げ、言ってきた。 「――――しばらくの間、お世話になります」
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