02

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 黄色と緑の制服を来た青年たちが、次々と家具やダンボールを運び入れる。  トラックからアパートの一室へ。バケツリレーではなく、アリの行列を連想させる。  目的の建物は、アパートというか団地というか、白い壁の集合住宅だ。入り口にオートロックを備えていたりしないため個人的にはイメージと少しずれるのだが、もしかするとこれこそが『マンション』というやつなのかも知れない。  その二階の角部屋めがけて、行列は回る。俺もその一人となって、軍手を装備してダンボールを運び入れる。 「――――って、俺は引っ越し業者じゃないんだが?」 「づべこべ言うなよ羽村っち。俺たちの引っ越しを手伝ってくれるって話だったろ?」  目の前には、爽やかにニカリと歯を光らせる金髪陽キャ。ダンボールを二つもまとめて持っているが平気そうだ。見た目の体格通り、腕力はあるらしい。  櫻坂ミズキ。  俺はゲンナリしながら言い返す。 「引っ越し手伝いじゃねぇ、面倒を見てやれって言われたんだ。それって勝手が分からなかったら教えてやるとか、安いスーパーを教えるとか、市役所まで案内するとかそういうのだろ」 「なんだよ、何も間違ってないだろうが。引っ越し手伝い。一番重要だろ? 俺たちの面倒見てくれよ、な?」  ばしばしと背中を叩かれる。痛ぇ。 「大体、スーパーだの市役所だのなんて、んなもんいまどきゴーグル先生に聞けばほとんど解決じゃねぇか! それより引っ越しの人手の方が一大事だぜ!」 「兄さんが引っ越し費用ケチるからでしょう。まったく、なんでこんな……」  男の後ろを、おかっぱの細い少女がダンボール持って通り過ぎていった。何やら文句らしきものを垂れながら。  確かに、二人ぶんの引っ越しにしては業者の人数が少ない。 「なんでって、仕方ないだろう詩織。金が惜しい。もっともな理由だろ?」 「分かってる。問題ありません、そのぶん兄さんが働いてくれれば」  ピシャリと言い捨て、去っていく。華奢な背中が雷雲を纏っていた。妹が遠ざかってから、声を潜めて兄が言ってくる。 「……難しい年頃だよな。まぁそこも可愛いんだが」 「めげないな、アンタ」  あんだけ言い捨てられておきながら、ミズキは平気そうだ。そそくさとダンボールを運び入れていく。 「…………」  もう二往復ほどして、俺は木陰に腰をおろした。首に掛けたタオルで汗を拭い、一息つく。  地面を、アリが歩いていた。行列を成して飴玉の欠片を運び――その隅の方でサボっているやつがいて、俺と同じ立ち位置だった。 「……羽村さん、大丈夫ですか?」 「ん――」  愛らしい玲瓏の声。顔を上げると、詩織がこちらを見下ろしている。麦茶のペットボトルを手に。その背後に木漏れ日が輝いていて、後光のようだった。 「お茶、どうぞ」 「いいのか?」 「はい。多めに用意してましたので」  キラキラしてる。本当に、春に咲くような華やかな笑み。肌の白い、クールそうな印象の容姿の少女だが、そのギャップにやられる男は多そうだと勝手な感想を抱いた。  この屈託の無さは、おそらく兄貴譲りなのだろう。 「助かる。ありがたくいただくよ」  にっこりと笑って去っていった。アレはモテるぞ。この場に雨宮銀一(ナンパなやつ)がいなくて助かった。 「どうだ、詩織は可愛いだろう」 「ん――」  背後に、ダンボール担いだミズキが立つ。兄貴は随分と誇らしそうだった。 「ああ、そうだな。確かに可愛い」 「そうだろうそうだろう、分かるぞ羽村っち。我が家の誇る美人妹だからな」  言いながら何故か、がっしと俺の肩を掴んでその暑苦しい笑みを突きつけてくる。 「――手を出したら、狩るぞ。」 「…………」  この兄も、黙っていればイケメンの部類のはずなのだが。なんとなく残念なやつの気配が漂っている。 「それが手伝ってやってるやつへの言い草かよ、兄貴」 「ははっ。まぁ妹に惚れるのは無理ないがな。大勢の男が狙っている。露払いも大変なんだコレが」  兄貴の向こう側に、いつの間にか暗雲を纏った妹がダンボール持って立っている。 「兄さん。何か余計なこと言ってませんか……?」 「――――あ」  それきり兄貴は、軽口をやめた。分かりやすいパワーバランスである。  妹は、兄への釘刺しもそこそこにキリキリと動き回り、近所の人や引っ越し業者に気配りしながら手際よく引っ越し作業を進めていく。 「……感心だな。あの年で、よく出来た娘さんだ」 「あの年って、羽村っちもそんなに変わらないだろう?」 「俺は不出来なんでね。あんな風に、人を気遣う人間性が無い」  なんとなく首筋を掻いた。悪の証のような、鬼蜘蛛の入れ墨はもうそこにはない。 「ああ――妹はいい子なんだ。本当に。」  見やると、ミズキはどこか遠い目をして笑んでいた。  穏やかな声。 「随分と大事にしてるんだな。シスコンか?」 「二人家族なんでね。自然とそうなる」 「……悪い。クソ発言は忘れてくれ」  失言だった。察しろ間抜け。 「じゃあ、あんたが父親代わりだったのか」 「そういうことだ。――本当、大変だったんだぞ? どう考えても普通じゃない家庭環境で、妹が普通に育ってくれるよう、色々と努力してみた」  成果は明白だ。  妹はあの年でよく出来た娘だが、兄の方もまた、この若さで大したやつだった。まだ成人もしてないだろうに。  と、話し込んでいたら遠目にポニーテールの美女が歩いてくるのが見えた。 「お疲れ様。引っ越しは捗ってる?」  巫女服ではない雪音さんだった。雪音さんは服が変わると急に都会っぽくなる。すかさずミズキが立ち上がる。 「おぉ雪音さん! 来てくれたんすか!」 「えぇ。残念ながら、仕事でお手伝いはしてあげられないんだけどね。ここに寄ったのも通りがかりなのよ、ごめんなさい」 「いいっすいいっす! 羽村っちが手伝ってくれるんで!」  はいお土産、と雪音さんはミズキにポリ袋を渡すのだった。軽食とドリンクが入っているらしい。声を上げて喜んでいた。それきりミズキは詩織を呼びに、マンションへ駆けていく。本当に人懐っこい犬のようだ。 「……随分と雪音さんに懐いてますね」 「まぁ、彼は単に人当たりがいいのよ」  そうなんだろうか。  二人きりになってから、雪音さんが改めて聞いてきた。 「どう、羽村君。二人の様子は」 「どうもこうも。仲のいい兄妹って感じっすね。あんまり狩人らしくないっつーか」 「そうね。じゃあ、夜はお願いね。二人を連れて行って」 「夜?」  何の話かと見返すと、雪音さんはオレンジ色のファイルを手渡してきた。 「狩人でしょう。悪霊退治よ」  凛とした瞳。  表紙には、『鏡写しの三つ首さん』という怪談の名前が書かれている。 「って、いいんですか? あの二人、縁条市所属になったってわけじゃないんでしょう?」 「どうしても手伝いたいんですって。リスクがあるから本当は避けたいのだけれど、仕方なく、ね。」 「なんでまた」 「――当然です。恩は恩で返す。狩人だって、それは変わりません」  いつの間にか詩織が入ってきて、貞淑に胸に手を当てて述べていた。輝く瞳で見上げられ、吸い込まれそうになる。 「引っ越し手伝いのせいで疲れたでしょう? お疲れの羽村さんだけでは心配ですから」  その背後に、ダンボール掲げた兄貴も登場する。 「おう、よろしくな羽村っち! まっかせとけ、手伝ってもらったぶんキッチリ働いて返すぜ!」 「………………」  爽やかな奴ら。  だがその時、兄の言葉に意味深に沈黙した詩織の感情は俺には分からなかった。
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