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07
ミズキが目を覚さない。一日が経つっていうのに、あれだけ利発だった男はぴくりとも動かなかった。
場所は早坂神社の和室。
兄の手を握り続ける詩織が、悲壮だった。ずっと死にそうな暗い顔をしていた。思い詰めがちな少女だが、ことここに至って、その深刻さは心を病みそうなほどに見えた。
「ほどほどにして、詩織も休めよ」
「…………はい……」
消え入りそうな声。幽霊のような儚さ。ふらふらの足取りで、別室へと去っていく。俺は先ほど出直してきたところだが、一体、どれだけの時間ここにいてミズキを見ていたのだか。
清廉な男の顔。
あまりにも静かすぎて、このまま二度と目覚めないんじゃないだろうかって気がしてくる。
「ち……とっとと起きろよ、バカ兄貴」
でないと、妹は凹む一方だ。
アユミに手伝ってもらってミズキをここへ運び込んだ時、
『――――だから呪いは使わないで、って言ったのに……』
沈んだ目をして呟いた詩織が記憶にこびりついている。
俺たちはまた、ミズキに助けられてしまったのだ。この男がこうなっているのは、俺たちが不甲斐ないせいだと断じることもできる。詩織はきっと、自責の念でいっぱいなのだろう。
――――今回だけじゃない。詩織は、ずっとずっとミズキに『一方的に守られている』と感じていたのだろう。
決してミズキに不満があるわけじゃない。
ただただ、守られてばかりいる自分自身が許せないのだ。
そこで唐突に声が響いた。
「……予想よりずっと早かったわね。まだ数年はこのまま大丈夫なのだと思っていたけれど」
縁側から、巫女服の雪音さんが現れる。ひどく悲しそうな目をしていた。
「――――雪音さん」
いろいろ、知っているのだろう。
なぜミズキが倒れたのか。
どうして目を覚さないのか。
これから、どうなってしまうのか。
――あるいは、始めから『知っていた』のだろう。
「……ごめんなさい羽村君。少しずつ話していければいいと思っていたのだけど……ミズキ君、見た目以上に相当無理をしていたのね」
「どういうことですか? 無理をしていた?」
嫌な、感触があった。
地雷の埋まった泥に足を踏み出すような不吉な感触だ。案の定、雪音さんの声はこれ以上ないほどに深刻だった。
「絶望を知る覚悟がある? 知らなければよかったと思うような、『呪い』の、残酷な真実を」
「………………」
思わずにやりと口の端が吊り上がってしまった。耳元で、悪辣な鬼の幻覚が囁く。
――――ああ、地獄を見るぞ。
おまえはいまから、間違いなく地獄を識るぞ。
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