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狼狽した兄の背中が、必死で妹を探している。私はその後ろについて歩いて、幽霊のようにそれを見ていた。
雲に溶けた夕焼けが、遠いビルの町並みで影絵を作る。
見失った誰か一人を探すには、街っていうのはあまりに広くて、海の中で落とした指輪を探すような絶望感だろう。
兄は息を切らし、汗だくになって、弱音を吐きながら私を探す。それを私は、すぐ後ろからずっと見ている。
奇妙な状況だった。
どうにも――――兄は、私の姿を見ることができないらしい。
自分が幽霊になったのかと疑ってしまう。けれど兄以外には私の姿は見えていて、普通に会話もできるし、触れることだってできた。
なのに、兄一人だけが私の姿を見ることが出来なくて、声も聞こえなくて、だから、私は兄の後ろをついていくしかない。私は迷子になってなんかいないのに、兄は迷子の私を探す。
こんな特徴の女の子を見ませんでしたか、と声をかけられたおじさんが、訝しんだ顔をする。だって私はすぐ背後にいるから。不安そうにおじさんを見上げているから。つまらないいたずらをするな、とおじさんは怒ってしまう。
そんなことを何度も何度も繰り返して、兄はずっとずっと私を探し続けている。
夕暮れの坂道のてっぺんで、前を歩く兄の背中に泣きながら声をかけ続ける。
声は届かない。
声は届かない。
どうしてか兄は、私の声だけは聞こえない。
――日が暮れる頃。
何かの拍子で、唐突に兄は私の姿に気が付いた。
どこへ行っていたんだ、ずっと探していたんだぞと叱られる。泣きながら抱きしめられる。ずっと後ろにいたって言っても、兄はそんなわけないだろ、って言う。
分からない、分からない。
私はあんなにも必死で叫んでいたのに。
兄はあんなにも必死で私を探していたのに。
疲弊しきった兄の顔を見ながら、やはり、兄は私さえいなければ幸せなんじゃないだろうか? って考えてしまった。
あんなことが起こったのもきっと私のせいだ。
私は、何もしていなくても兄を苦しませる。
ごめんなさい、ごめんなさいと泣くことしかできない。
それ以来、兄に対して抱いていた罪悪感のようなものは明確になってしまって、消え去ることは一度もなかった。
夕と夜の狭間の出来事。
きっと、私はいまも、あの夕闇の中で迷子になっている。
-sister-
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