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「どうやって知り合ったの?奥さんと」 俺が尋ねると雨谷は「そういえば知り合いなんだっけ?」と逆に聞き返してきた。 「学生の頃行ってた本屋の店員さんってだけだけどね」 涼しい顔で言い、俺は卵黄を破いて、つくねにちょんちょんとつける。 「本当偶然って言うか…なんていうか…。 …夜ドライブしてて…たまたま海に車停めてたら…奥さんもたまたま海にいて。 冬だったから俺と奥さん2人しかその海にいなくて……そこで拾った。 ーーーいや、拾ってもらった…のかも」 拾った。 という言葉は、やたら耳にこびりついた。 俺が捨てた愛を、雨谷が拾ったんだよと、神様から言われた気がした。 「冬に海行ったの…!?怖ッ!!!」 ふざけて言うと「俺っぽいだろ」と雨谷は笑い「根暗だからたまに見たくなるんだよ」と付け足した。 「息子さん、(ゆう)君だっけ」 「そうそう。奥さんが決めて。 ゆっくり好きな事を極めて、マイペースに育って欲しいんだって」 名前の由来を聞いた俺は自意識過剰な事に、愛が昔、俺を同じ様に言っていた事を思い出していた。 『いつも大好きな研究をして、好きな時に息抜きに出かけちゃう、自由人の柊一が好き』 愛はそう言ってこら「たまに困るけど」「たまに寂しいけど」などと付け足すのだった。 「良い名前だね」 愛にいつしか自分が言われた言葉を、俺は雨谷にそのまま返す。 「真木はいないの?彼女」 聞かれて「いないよ」と短く答える。 不特定多数なら、いる。とは、言えない。 「意外。モテすぎて選べないってやつ?」 「そんな事ないよ」 苦笑して、もう一度ビールを喉に流し込む。 彼女なんて、もう誰に出会っても、きっとそうしたいと思えない。 俺と雨谷はその後、お互いの近況報告から大学の頃の話まで色々な事を話した。 雨谷は今、IT企業の品質管理や業務管理の仕事をしていて、土日は基本的に休みだが、システムの都合やトラブルによっては仕事の日もあるらしい。 「上と下の、板挟みになるって、あれ本当だな」 上司からの要望と、部下からの要望が対極にあり、参ってしまうと雨谷は言っていた。 雨谷から悠君や愛の話を聞くと、俺は知らず知らずのうちに酒がいつもより進んだ。 飲まなければやってられないーーーわけでは無いが、飲んだ方が、酔っぱらってしまった方が、少なくとも心の傷を抉られずに済んだ。 自分の事を変な男だなと考える。 自分が傷つくと分かっていてーーーむしろ傷つきたくて雨谷と飲みに来て、子供や愛の話を聞いて酒に溺れている。 行動が矛盾しているし、心と体がちぐはぐだ。 アンバランスとは、この状態のことなのかもしれない。
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