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「ーーーもしかして…襲われると思ってる…?」
俺は彼女のブーツから手を離して尋ねた。
彼女は自分の勘違いに気づいたのか、気まずそうに胸の辺りまである髪の毛を耳にかける。
「ーーー…違うの…?」
そう聞かれた俺はぷっと自然に吹き出してしまった。こんな寒い日の海で彼女を襲ったらーーー俺はきっと凍死してしまう。
俺はこの瞬間ーーー1ヶ月ぶりに笑顔になった。
「ーー…違うよ…。
…此処で濡れたままだと風邪ひくからーーーブーツ脱がせて車に乗せようとしただけ…
ーーー車に、膝掛け入ってるし、暖房も付くから」
俺はそう言い終えてから、彼女の前に自分の掌を出した。彼女は戸惑いながらも俺の手を掴み、促されるままシビックに乗り込んだ。
彼女は車まで着くと自分で脱げると言い、履いていたブーツとタイツ、コートを脱いだ。
それからちょっと躊躇って、濡れてしまったスカートも脱いで、膝掛けで自分の下半身を包んだ。
俺は何も聞かず、彼女を乗せて家に帰ってきた。
車に乗っている間、俺も彼女も一言も言葉を発さなかった。
いや、発したか。
コンビニで温かいお茶を買い、手渡すと彼女は小さい声で「ありがとう」と言った。
それ以外は言葉を発さない事がむしろ自然で、俺は少しだけ遠回りをした後、莉子と暮らした家に帰ってきた。
「どうぞ」
俺が家に上がるよう言うと、彼女は車を降りて俺の住む家を見上げた。
「……一人暮らし?」
聞かれて「今はね」と短く答えた。
俺が玄関の扉を開けると、彼女は遠慮がちについてきた。後ろから小さな声で「おじゃまします」と言う声が聞こえた。
「…風呂はいったら?…体冷えてるでしょ」
俺は彼女の返事を待たず、浴槽にお湯を張った。
彼女は初めて来た俺の家でどうすればいいか分からないのか、リビングの入り口の近くに立ってさっきからきょろきょろと瞳を忙しなく動かしている。
お湯が溜まるまでの間に何かできないかなと思い家の中をなんとなく見回すと、棚の上にあるカップラーメンが目に入った。
冷蔵庫の中は空っぽで、莉子が死んでから、ろくに食事も取ってなかったなと、思い知る。
「…なんか食べる?
……でも、ごめん。
…カップラーメンくらいしか、無いんだけど」
俺がそう言って謝ると、今度は彼女が、少しだけ表情を綻ばせた。
「あ、そうだ。
服ーーー…そこにあるの着ていいよ」
俺はそう言って部屋の隅に置かれたスウェットを指差した。
洗ったままーーーもう永遠に莉子の袖が通される事はないスウェット。
「ーーー彼女のーー?」
遠慮がちに聞かれ、俺はそれを少しおかしく思った。
「ーー妹のーーーー
ーーだから、どうぞーーー」
彼女はそれを聞いて、とりあえずズボンだけをスウェットに履き替えてきて「どうせなら上も着替えたら」と俺に言われて、上の服もスウェットに着替えた。
タイミングがいいのか悪いのか、お風呂が沸いた事を知らせる自動音声が流れ、俺は着替えたばかりの彼女を浴室に案内した。
「ーーーやめろよ。
……人の家の風呂で、死ぬとか」
突然、さっき海で彼女が死のうとしていた事が蘇ってきて、俺はそう忠告した。
彼女は小さく頷いて「いってきます」と頭を下げて、脱衣所の扉を閉めた。
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