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彼女が風呂から上がった時にはもう朝の4時近くになっていた。 流石にこの時間にカップラーメンでも無いかなと思った俺は、莉子によく作っていたホットミルクを、彼女にも作った。 メイクを落とした彼女はより幼く、制服を着ていれば、中学生や高校生でも通りそうだった。 「なんでーーーあんな事しようとしたのーー?」 俺も彼女と同じホットミルクを飲みつつ、そう尋ねた。 あんな事ーーーと伏せたのが自殺未遂のことだとは、彼女にも分かるだろう。 彼女は少しだけ俯いてスウェットの襟を整えると、コップの中で僅かに波打つホットミルクに視線を落とした。 その瞬間、俺の視線は彼女の首元のネックレスに釘付けになる。 ブランドのロゴが入ったーーーこう言っては失礼だが、彼女には似合わないーーー少し男っぽいデザインのネックレス。 あれはーーーーー 「妊娠してるの」 ネックレスに気を取られていた俺は不意を突かれ、ただ目を大きくして彼女を見た。 「ーーー産んであげられないしーーー産んでもーーちゃんと育ててあげられる自信無くてーー ーーーでも心拍確認できたら堕ろすのも出来なくて……それで……一緒に死のうかなって」 淡々と、死のうという言葉を口にした彼女を直視できず、彼女と同じようにホットミルクに視線を落とした。 「君、いくつ?」 「20歳(ハタチ)」 俺より5歳下。莉子より1歳上。 「ーーーー名前は?」 彼女の言葉を待つ自分の耳に、自分の心臓の音が響く。 彼女の名前はーーー俺の疑念の答え合わせになるのだろうか。俺の推測通りの名前だったならーーー俺は彼女をどうするつもりだろう。 「イト」 「イト?」 俺はごくりと唾を飲み込んだ。 間違いないーーーそう確信した瞬間だった。 「愛しいの(いと)(あい)って書いて、(いと)っていうの。 ーーー珍しいし、読みにくいでしょ?」 彼女は小動物が人間にそうするように、ホットミルクの入ったコップを両手で抱えたまま俺の顔を覗き込んだ。 その姿はまるで、どんぐりを両手で抱えて人間を見るリスのようだ。 「珍しいから、もう覚えたよ」 俺がそう言うと彼女は礼を言う代わりに微笑んだ。 「お兄さんは?」 「(ひかる)。ーーー雨谷光(あまや ひかる)だよ」 俺は一瞬、名前を告げる瞬間身構えてしまう。 しかしそれは意味を成さず、彼女は(ひかる)…と俺の名前を繰り返しただけだった。 「何ヶ月?」 俺に聞かれ、彼女ーーー愛は自分の下腹部に視線を落とした。 「2ヶ月ちょっと。 …まだ3ヶ月にもなってない」 「父親は?」 尋ねると愛は首を横に振った。 「光さんいくつ?」 「25」 「じゃあ、この子のパパとおんなじね」 笑った筈の愛の目は寂しそうで、この笑顔が作り笑顔なんだと直ぐわかった。 「ーーー妊娠が分かった時…私直ぐにその人に話をしたわ。 ずっと結婚しようって言ってたから…喜んでくれると思ってた…… でもあの人私の妊娠を聞くや否やすごい驚いてーーー堕ろしてくれってそう言ってきたの。 今結婚はできないーーー 今結婚したってその子も君も幸せには出来ないーーーー 今はこの子を堕ろしてーーー待っていてくれないかって」 「待ってるーーーー?」 俺の質問に、彼女は瞳を揺らした。 俺は聞かなくてはならない。 待っていてくれないかのーーー意味を。
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