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「冗談でこんな事言うと思う?」
俺が聞くと、愛は黙ったまま小さい身体をさらに小さくしている。
俺はガタイが良いタイプじゃ無いが、その俺が抱き締めても身体にすっぽりと収まってしまう程、愛は華奢だった。
「別の男の子供でもいいよ…
ーーー両親には俺の子供って事にして…
もし殴られるならそれでも良い」
「光さーーーー」
自殺した莉子より、俺が地獄に堕ちるなと思った。
こんな不純な動機でーーー…一方的な復讐心で彼女と結婚する事。
「結婚してよ、俺と」
もう一度言うと、愛は困ったように視線を逸らした。
「ーーー…妹さんに怒られちゃうよ……!
…あったばかりの素性も知らない女と…そんな急にーーー」
「怒ってはくれない。
…死んでるんだ、俺の妹。
ーーーもうーーー1ヶ月も前にーーー。
…君と一緒で…あの海に身を投げて」
俺の言葉に、愛は黙ってしまった。
愛の目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。
「……自分で…死んだの……?
……あの………あの海で……?」
俺は頷いた。
「だから、怒られないよ」
もう一度彼女を抱きしめる。
「…君には…死んでほしく無いかな…って。
ーーー勝手なんだけどーーーー」
俺は彼女の唇に自分の唇を重ねた。
自分の言葉も、本心も、自分じゃよく分からなくて、それは得体の知れない何かの様だった。
俺は自分が口に出した言葉が嘘じゃないように願いながら、愛の唇を捉えたまま愛を抱きしめる。
俺は愛に死んで欲しくない。
それだけは確かに、俺の本心としてそこにあった。
不思議な事に彼女が真木と付き合っていたという可能性を抜きにしても、俺は彼女が欲しいと思った。
この瞬間、どうしても。
莉子が死ぬきっかけを作ったかもしれない男の愛した女が、喉から手が出るほど欲しかった。
「……私で…いいのーーー?」
愛は唇を離してから聞いた。
自信が無さそうな、小さな声だった。
「君が良いんだよ。
ーーー他の人じゃ…ダメなんだ」
きっと君だから、真木を傷つけられる。
君ならきっと真木に忘れられる事無く、真木の記憶に留まって真木を苦しめられる。
出逢った男を虜にしてしまう不思議な魅力を、君は持っているーーーー
愛は小さい声で「ありがとう」と告げると、今度は自分から唇を重ねてきた。
俺達は昔莉子とそうしたように、小さい子供みたいに抱き合って、そのまま一緒の布団で眠った。
そして俺はそれから2週間後、彼女のーーー愛の両親に結婚の報告をしに行き、頭から水をかけられて帰ってきた。
愛の父親は順番が違うと激怒しており「お前なんかもう娘でもなんでもない」と話すら聞いてくれなかった。
俺と愛はそのまま家に帰り、その足でそのまま婚姻届を市役所に提出しに行った。
婚姻届を提出した後で、愛と2人で莉子と両親の墓参りに訪れた。
愛は墓の前で随分長い間手を合わせていた。
「光さんの事ね、一生大事にしますって約束したの」
愛はそう言って笑うと、俺の手を引っ張って歩き出した。
その言葉を言わせてしまった事に、俺はほんの少しの罪悪感を覚える。
真木が愛をまだ好きで忘れられないなのだとしたらーーー愛も本当は、真木をまだ好きでいるんじゃないかと、そう思ったからだった。
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