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「莉子……」
白い布の下から現れたのは、一瞬眠っているのかと見間違えてしまう程、美しい顔の莉子だった。
海で亡くなったと聞いたから、もっと見るに堪えない状態を想像していた。
しかし安堵すると共に、この遺体が確かに莉子で、莉子がもうこの世には居ないんだと思い知らされる。
「莉子ーーーー」
左手で莉子の頬に触れる。
頬は赤みこそ無いが、生前と変わらずにふっくらとしている。
しかし頬の温度はもう、生きている人間のそれとは全くの別物だった。
「ーー……莉子……起きろよ……
…冗談だろ…こんなの……
…なんで…なんで……
なんでッーーーーーー!」
話しかけても、どうせ起きないんだと。
もう目を開くことも、話すことも、俺の些細な冗談に笑ってくれることも無いんだと。
一瞬でもそう思ったら、言葉は直ぐに涙に堰き止められてしまった。
涙がとめど無く流れてきて、声にならない。
伝えたい事は全て、頭に思い浮かんでも、言葉にして声に出す前に消えて行った。
俺は莉子の横で身体を丸め、床に頭をつけたまま泣き続けた。
「雨谷…光さん…?」
目が腫れて視界が狭くなるくらい泣いた後で、いつから入ってきていたのかも分からない、黒いスーツ姿の男に声をかけられた。
「…なにか…?」
泣き過ぎて自分の声が掠れている事に、今初めて気がついた。
酷い顔をしているだろうなと思いながら、スーツ姿の男性2人に向き直る。
「警察の者です…。
こんな時に…大変申し訳ないのですが…莉子さんの件で……少しお話をお伺いしたくて……
………莉子さんが…自殺した可能性が高いものでーーーー…」
警察の2人ははそう言いかけて、先に莉子に手を合わせてくれた。
若い莉子の死を、もしかしたら本当に悼んでくれているのか、男達は2人とも、かなり長い時間手を合わせてくれていた。
自殺。
その言葉を聞いた瞬間、何も考えられなくなる。
そして俺の頭の中はーーーーある男の顔を浮かべ始める。しかし俺はその男の顔を、一旦頭から消した。まだなんにもーーーーわからないじゃないかーーーー冷静に…ならなくてはーーーーー
「……葬儀とか…火葬の手配をしないといけなくて……
それーーー終わってからでもいいですか…?」
葬儀に、火葬。
自分を落ち着ける目的もあってそう口にしたのに、その言葉を自分の耳で聞いた瞬間、涙が溢れそうになる。
こんなに悲しくて、こんなに辛いのに。
あと数日後には莉子を燃やして、骨にしなければならないのだ。
莉子が息を引き取って、まだ数時間しか経ってないのに、警察も葬儀会社も、手続がどうとか、死因についてとか、そんな話ばかりしてくる。
どうでもいいよそんなの。
死因がなんだろうと、火葬がいつだろうと、どれくらいの規模の葬式をやろうとーーーー
莉子はもう俺の前には帰ってこない。
そう思うともう、全てがどうでもいいとさえ思えてくる。
俺の心はきっと一生、こんな風に粉々のままで、生きてる限りずっと莉子が心の中にいるのだろう。
父さんと母さんが死んだ時は、まだ莉子が居たから踏ん張れた。
でももうーーーー俺には何にもない。
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