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「おかえりー!」
家に帰ると愛がエプロンを着けて出迎えてくれた。愛は料理をする時は、いつも髪を一つに束ねている。家にいる時はいつも100均で買ったシュシュというヘアゴムで髪を束ね、愛が髪を下ろすのは出掛ける時くらいだった。
「ただいま。今日は何?」
「鮭フライ。
タルタルソース、どうしても食べたくて」
「太っちゃうかな」と愛は笑う。
笑わなければ落ち着いて見える愛の顔は、笑うと一気に無邪気な子供の様な顔になる。
愛は妊娠中だというのに、俺が帰るといつも必ず料理を作って待っていてくれていた。
悪阻が酷い時は俺が外で食べ物を買ってきて食べることも多かったが、体調が落ち着いてからは毎日こうやって食事を準備してくれている。
料理だけでなく家事も掃除もやって俺の帰りを待ち、必ず笑顔で「おかえり」を言ってくれる。
数ヶ月前まで死のうとしていた愛がこうやって俺の為に家の事をしてくれ、仕事から帰ってきた俺を迎えてくれる姿はなんだか健気で、俺は家に帰る度に愛が愛おしくなるのだった。
夕食が出来るまでもう少しかかると言われた時、携帯の着信音が鳴った。
恭平からだ。
「電話?出ておいでよ」
愛に言われ、俺は恭平からの電話に出る為だけに二階へと上がった。
子供の頃から、人の前で電話に出るのは苦手だ。
なんなら、莉子の前でもずっとこうしていた。
「もしもし」
「光…!?…お前結婚してんの!?!?」
「もしもし」に被せる様に言われ、そう言えば言ってなかったなと思った。
今思えば会社にしか、自分が結婚した事を話してない。
「しかも妊娠中って……」
電話の向こうで恭平は、なんだか寂しそうな、やるせないような声を出した。
俺は無意識に、空いている右手で髪の毛を触った。なんだか途端に、照れ臭くなる。
「あー…ごめん…言ってなかった…。
…今年入ってさ、直ぐ結婚したんだ」
色々重なって、誰かに結婚の報告をしないとという考えはすっかり無くなっていて、俺が会社の人間意外に結婚の報告をしたのは恭平が今初めてとなった。
「…そうだったんだ…。
ーーー…いや!…おめでとう…!
ーーーいいんだ!わざわざ言わなくても!!!
ただ光…彼女いるなんて一言も言ってなかったから単純にびっくりしちゃって…」
恭平は何やらモゴモゴと言ってから、もう一度「おめでとう!!!」とはっきり言ってくれた。
多分「まったくもうなんだよ…水くさいなぁ」とかいつものように独り言を言ってたんだろうけど…俺は恭平からの祝福に素直に「ありがとう」と返した。
「ごめんな飲み会、誘ってくれたのに」
「いいよいいよ。
急だったし、代わりに真木捕まえたから」
「え?」と、俺はつい声を上げた。
「真木だよ。真木柊一。覚えてる?
研究忙しくなると顔出さなくなってたけど」
恭平の声が、遠くに聞こえる気がした。
恭平は先程俺が書店で見かけた真木と、今日飲み会に行くのだ。
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