412人が本棚に入れています
本棚に追加
/117ページ
「あのさ……」
指輪をはめる寸前にそう言うと、愛と目が合った。愛の瞳が一瞬揺れたような、そんな風に見えた。
「ーーーー…本当に俺でいいの?」
一拍、たった一拍沈黙した愛は、直ぐに小首を傾げてみせる。これは本心だろうか。それとも俺を安心させてくれるためのーーー彼女なりの気遣いだろうか。
「ーーーー???
ーーなんで、そんな事言うの?」
脳裏に、今日見かけた真木の姿が蘇った。
真木は愛を探していた。
愛が働いていた書店まで来て、写真をわざわざ店員に見せていた。
連絡がつかなくて、探してる。
そう言った真木は、苛立ちと焦りと、悲しみが混ざった様な瞳をしていた。
愛だって同じように、本当は真木に、会いたいって思ってるんじゃ無いだろうか。
自分で自分を、頭がおかしいんじゃ無いかと思う。
こんなこと聞いて、どうするつもりだろう。
愛にもし真木を「まだ好き」と言われたら、困るのは自分の方なのに。
ーーー莉子を死に至らしめた真木をあわよくば苦しめられると思ってーーー真木が1番大切な女性と思われる愛に、敢えてプロポーズしたくせに。
俺はお人好しなのか、それともただーーー臆病なだけの男なのか。
「ーーー本当はさ…
ーーー前付き合ってた人の事……まだ好きなんじゃ無いかなって思って…」
愛の表情が凍りついた様に見え、俺は愛の目を見ずに話を続ける。
「ちゃんと…別れましょうって言って別れたわけじゃないんだろ…?
ーーー相手の男だって…愛の事探してるかもしれないしーー…やっぱりーーちゃんとーーーーー」
言いかけた俺の頬を、愛は両手で挟んだ。
その瞬間、唇に柔らかい物が触れる。
愛が、俺にキスをしたのだ。
「ーーーその人が私を好きで探してたとしてもーーーそんなのもう関係無いでしょ…」
愛は唇を離すと、俺の胸に顔を埋める。
「私は光さんが好きで結婚したの……
……光さんは違うの……?
私が良いって…
他の人じゃダメだって言ってくれたのに…
……あれって、嘘だったの…?」
愛の声が段々と感情的になる。
突然彼女は、俺のワイシャツのボタンに手をかけはじめた。
「何するんだ」と俺は彼女の細い手首を掴む。
「……光さんって私の事…
一度だって抱こうとしないよね……
それって……私の事…本当は好きじゃ無いからでしょ…!?
本気で好きじゃない女に……指輪欲しいなんて言われて、怖くなったんじゃない…!?
ーーーなんで光さんは…私と結婚したの…!?」
ますます感情的になる彼女を落ち着かせようと、俺は「馬鹿言うな」といつもより大きい声を出した。
「子どもいるんだぞ…だからーーー
そんな事しようって思わなかっただけだよ…!」
「嘘よ!
…妊娠中でもセックスは出来るんだから!」
愛のお腹に子どもがいると思うと、俺は手荒な真似は出来ず、彼女にされるがままワイシャツのボタンを全て外され、ソファに押し倒された。
愛の目には、うっすらと涙が溜まっていた。
「ーーーーごめん…」
俺はそう告げ、自分の首筋に唇をあてがった愛を抱きしめた。
愛の身体は小さく震えている。
彼女を、傷つけてしまった。
よかれと思って言った事でーーーこうやって愛を泣かせてしまった。
「………いいの?
ーーー仮に私その男の元に戻っても…
…光さんはいいの…?
……いっつもすました顔して……私…光さんの気持ち…わかんないよーーー」
憂は涙をポロポロと溢して、それを空っぽの指で拭った。俺がさっき、指輪をはめる事ができなかった指。
「ーーーごめん…怖かったんだ…
ーーー愛は本当に…俺で良いのかなって……
ーーーいつかその男の所に…
…帰ってしまうんじゃ無いかってーーー…
そう考えたら俺の方が怖くなって…
ーーーそう…聞いちゃったんだ」
頭を撫でると、愛はゆっくりと体を起こした。
長い髪が前に倒れ、愛は右手でその髪を耳にかける。
「もしその男が此処にやって来てもーーーー」
最初のコメントを投稿しよう!