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「あのさ……」 指輪をはめる寸前にそう言うと、愛と目が合った。愛の瞳が一瞬揺れたような、そんな風に見えた。 「ーーーー…本当に俺でいいの?」 一拍、たった一拍沈黙した愛は、直ぐに小首を傾げてみせる。これは本心だろうか。それとも俺を安心させてくれるためのーーー彼女なりの気遣いだろうか。 「ーーーー??? ーーなんで、そんな事言うの?」 脳裏に、今日見かけた真木の姿が蘇った。 真木は愛を探していた。 愛が働いていた書店まで来て、写真をわざわざ店員に見せていた。 連絡がつかなくて、探してる。 そう言った真木は、苛立ちと焦りと、悲しみが混ざった様な瞳をしていた。 愛だって同じように、本当は真木に、会いたいって思ってるんじゃ無いだろうか。 自分で自分を、頭がおかしいんじゃ無いかと思う。 こんなこと聞いて、どうするつもりだろう。 愛にもし真木を「まだ好き」と言われたら、困るのは自分の方なのに。 ーーー莉子を死に至らしめた真木をあわよくば苦しめられると思ってーーー真木が1番大切な女性と思われる愛に、敢えてプロポーズしたくせに。 俺はお人好しなのか、それともただーーー臆病なだけの男なのか。 「ーーー本当はさ… ーーー前付き合ってた人の事……まだ好きなんじゃ無いかなって思って…」 愛の表情が凍りついた様に見え、俺は愛の目を見ずに話を続ける。 「ちゃんと…別れましょうって言って別れたわけじゃないんだろ…? ーーー相手の(ひと)だって…愛の事探してるかもしれないしーー…やっぱりーーちゃんとーーーーー」 言いかけた俺の頬を、愛は両手で挟んだ。 その瞬間、唇に柔らかい物が触れる。 愛が、俺にキスをしたのだ。 「ーーーその人が私を好きで探してたとしてもーーーそんなのもう関係無いでしょ…」 愛は唇を離すと、俺の胸に顔を埋める。 「私は光さんが好きで結婚したの…… ……光さんは違うの……? 私が良いって… 他の人じゃダメだって言ってくれたのに… ……あれって、嘘だったの…?」 愛の声が段々と感情的になる。 突然彼女は、俺のワイシャツのボタンに手をかけはじめた。 「何するんだ」と俺は彼女の細い手首を掴む。 「……光さんって私の事… 一度だって抱こうとしないよね…… それって……私の事…本当は好きじゃ無いからでしょ…!? 本気で好きじゃない女に……指輪欲しいなんて言われて、怖くなったんじゃない…!? ーーーなんで光さんは…私と結婚したの…!?」 ますます感情的になる彼女を落ち着かせようと、俺は「馬鹿言うな」といつもより大きい声を出した。 「子どもいるんだぞ…だからーーー そんな事しようって思わなかっただけだよ…!」 「嘘よ! …妊娠中でもセックスは出来るんだから!」 愛のお腹に子どもがいると思うと、俺は手荒な真似は出来ず、彼女にされるがままワイシャツのボタンを全て外され、ソファに押し倒された。 愛の目には、うっすらと涙が溜まっていた。 「ーーーーごめん…」 俺はそう告げ、自分の首筋に唇をあてがった愛を抱きしめた。 愛の身体は小さく震えている。 彼女を、傷つけてしまった。 よかれと思って言った事でーーーこうやって愛を泣かせてしまった。 「………いいの? ーーー仮に私その男の元に戻っても… …光さんはいいの…? ……いっつもすました顔して……私…光さんの気持ち…わかんないよーーー」 憂は涙をポロポロと溢して、それを空っぽの指で拭った。俺がさっき、指輪をはめる事ができなかった指。 「ーーーごめん…怖かったんだ… ーーー愛は本当に…俺で良いのかなって…… ーーーいつかその(ひと)の所に… …帰ってしまうんじゃ無いかってーーー… そう考えたら俺の方が怖くなって… ーーーそう…聞いちゃったんだ」 頭を撫でると、愛はゆっくりと体を起こした。 長い髪が前に倒れ、愛は右手でその髪を耳にかける。 「もしその(ひと)が此処にやって来てもーーーー」
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