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「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様。
じゃあ、明日、悪いけどよろしく」
帰り際、関さんは俺の肩をポンと叩いた。
黒い髪に、整った顔立ち。
優男という言葉がぴったり当てはまる関さんは、すれ違えば誰もが振り返るイケメンだ。
関さんのこの店で働いてから、もう3年になった。
午前9時から夕方までは、花屋兼務のカフェ。
夜はお酒の提供もして、ちょっとしたバーみたいになる、このお店。
以前の仕事を辞めようか辞めないか悩んでいた時、もしよかったら此処で働かないかと、元々お客さんとして来ていた俺に関さんが声をかけてくれた。
毎日夜中まで働く勤務形態は少し気になったが、大学院にいた頃は普通にこの時間も起きていたなと思い、俺は関さんのお店で働く事を決めた。
仕事は楽しかった。
元々人と話すのが好きな俺は、酒も手伝って関さんのお店に来るお客さん達とどんどん仲良くなり、いつしかお客さん達から「マッキー」と呼ばれる様になっていた。
家に着いて、俺は先程関さんから買った花を花瓶に入れた。
キバナコスモスという花らしい。
この季節にぴったりの鮮やかなオレンジ色や黄色が、蒸し暑い真夜中の空気を、少しだけ軽くしてくれる様な気がする。
華やかな色に反して葉や茎はどこかしっかりとしており、芯の強さも感じさせてくれる。
まさか自分が、夜のこんな時間まで働いて、昼近くまで寝ているような生活をしているとは、10年前の自分なら想像もしていなかった。
明日は午前中から店に出る様に関さんに言われているから、早く寝なければならない。
俺はシャワーを浴びようと、着ていたストライプのシャツのボタンを外す。
右側と左側、ポケットの部分で、ストライプの太さが異なる、珍しいデザインだ。
俺はいつからかこういう、左右非対称の、不規則な模様を見ているとなんとなく安心してしまう。
見る位置によって表情を変える多面的な部分が、なんだか人間らしく、ホッとしてしまうのだ。
シャワーを浴びる前と、朝起きた時、彼女はいつも、俺の脳裏に侵入してくる。
いつもこの繰り返し。
10年間、1日も欠かさずこれを繰り返し、俺はシャワーを浴びる前に、付き合ってた頃夜にあってばかりだった彼女を思い出しながらこのネックレスを外し、朝起きた時は泣いている彼女の夢を見て起きてから、罪悪感と一緒にこのネックレスを着けるのだ。
彼女と付き合っていた時、会えるのはいつも夜でーーー俺は彼女に人生でずっと引きずらなければいけない傷をつけた。
なのに、夜になって酒が入ると、彼女の笑顔ばかり思い出す。
それは人間の脳にはーーー自分に都合が良い様に、或いは悲しい思い出ばかり思い出して自分が壊れてしまわない様にする、防御反応のようなものが備わっているからなのかも知れない。
俺は彼女との良い思い出を思い出して眠りにつき、でも夢の中で自分のせいで泣いてる彼女を見る。
それで自分のした罪を思い知らされ、朝目を開けるのだった。
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