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「おじいちゃん、ご飯食べてないの?」 俺が尋ねるも祖父は困った顔をして、抗がん剤治療の副作用で吐き気が酷く、食べたくても食べられないんだよと答えた。 この祖父の一言が、俺の今後の将来を変える事になる。 俺はこの日から、抗がん剤治療における副作用や、副作用が起こる仕組み、抗がん剤のタイプなどを、子供ながらに調べ始めた。 そしてそれはいつしか「副作用が無く、癌細胞のみに効果のある薬を作りたい」という思いに変わり、俺はその専門分野の大学への進学を夢見る様になった。 祖父の癌が治っても、その目標は変わる事無く、両親は大喜びで俺の進路のサポートをしてくれた。 元々勉強が好きだった俺は高校受験も、大学入試も難なく突破し、父や母が卒業した有名大学へと進んだ。 大学に入学した俺は、勉強の傍ら2つのサークルにも所属し、新しい友達も作り充実した学生生活を送っていた。 サークルは趣味程度に楽しめれば良いと、登山部とスキー部に入った。 雪のない時期は登山部に顔を出し、雪のある時期はスキー部に顔を出しスキーする。 そんな単純で安易な理由で、俺はこの2つのサークルへの入部を決めたのだった。 大学三年生のある日、大学院へ進学するという進路を既に決めていた俺は、本屋に専門書を買いに来た。 そこで俺の身に、初めて予期せぬ出来事が起こる。 専門書のコーナーで仕事をしていた女性ーーー来島 愛(くるしま いと)に、一目惚れをしてしまうのだ。 「ーーー…何か…お探しでした…?」 自分を見ていた俺を不審に思ったのか、彼女はやや低めの声で、俺にそう声をかけて来た。 黒い髪に、白い肌。 真っ黒い瞳が、切長の目の中に収まっている。 小さくてふっくらとした赤い唇は小さい顔の上にちょんと乗っており、俺は彼女を見ていると、大人っぽい小動物を見ている様な、不思議な感覚に陥った。 俺がアンバランスな模様を好む様になったのは、もしかしたら彼女の持つアンバランスさがきっかけなのかもしれない。 「この本ーー…探しててーーー…」 俺は自分が彼女に見惚れていた事を隠す様に、携帯のスクリーンショットを見せた。 彼女は「あ、この本ですか」と小声で良い、持っていた機械に、俺の本のタイトルを入力した。 「新刊のコーナーにあるので、ご案内しますね」 俺はそう言われるまま、彼女の後ろをついていく。 彼女は鎖骨くらいまである髪を、黒いゴムで一本に束ねていた。 「こちらですね」 彼女は掌を本に向けた。 確かに探していた本が、そこにあった。 彼女は「また何かあればお声掛けください」と告げ、俺に背を向けた。 「あの」 彼女が再び振り返る。
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