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「よかったら後で…一緒にご飯行きません?」
俺は振り返った彼女に、そう告げた。
不思議と緊張はしなかった。
声をかける事が、決まっているかの様に、それは自然と口から出た言葉だった。
彼女の名札に目をやる。
「来島」と書いてあり、珍しい苗字だなと思う。
「……私ちょっと…そういうのは……」
彼女は困った顔をして「申し訳ありません」と頭を下げた。
「仕事終わったら…少しで良いから」
俺はもう一度そう言い、食い下がる。
どうしてこんな場所で、こんな事をしているのか、自分でも不思議なくらいだった。
大学の工学部に入学し、研究者を目指す自分が、こんな風に直感的に、本能的に人を好きになるなんて有り得ない。
そう思いつつ、何も知らない彼女と、何か接点を持ちたくてーーーそんな事飛び越えて、野生動物と同じように、自分のものにしたくてたまらず、俺は彼女にしつこく声をかけている。
「あの…困ります…」
彼女はそう言い、ついにキョロキョロと辺りを見回し始めた。
誰かを呼ばれると思った俺は堪忍し「分かりました」と告げる。
「これ…僕の電話番号です…
……もしよかったら…連絡ください……」
俺は持っていた大学ノートの端っこに電話番号と名前を書き、それをちぎって彼女に手渡した。
彼女は人目を気にしながらも、その紙切れを受け取ってくれ、俺はそれを確認すると、彼女が案内してくれた専門書の会計を済ませ店を後にした。
それから1週間。
俺は随分ソワソワしながら一日中過ごしていた。
俺はそれから大学に通うついでに1日おきに本屋へ行き、暇さえあれば彼女を探した。
授業中も、食事中も、友達と食事をしている時も。
はたまた友達に誘われ、数合わせで合コンに参加した時も、目の前の煌びやかな女性達は眼中に無く、彼女の事で頭がいっぱいだった。
しかし1週間経っても、彼女から連絡は無い。
俺は我慢できず、もう一度彼女の働く本屋に行き、声をかけようと思い立った。
もう一度、きちんと、彼女に声をかけよう。
そう思って、俺はその日大学に行く用事は無いのに、本屋へ向かう為だけに電車に乗った。
電車のドアが開き、電車内に足を踏み入れた瞬間、俺の目は一点に吸い寄せられた。
「ーーーーーーー!!!」
俺の手は無意識に、彼女の細い手首を掴んでいた。
掴んだ瞬間、やってしまったと思った。
俺は電車に乗った瞬間、電車の中で壁にもたれかかる様に立っていた彼女を見つけ、咄嗟に彼女の腕を掴んでしまったのだ。
「ーーーーーー」
驚いた顔の彼女と目があった。
叫ばれるーーーー流石に、まずかったかーー
そう思って、手を離そうとした。
「ーーーー明るい…ストーカーさん…」
「ーーーえーー?」
俺は聞き返す。……なんだって…?
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