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「よう。…マッキーも飲む?」
休憩を終えて店へ戻ると、嶋宮さんに声をかけられた。
嶋宮さんはカウンターに座り、関さんと話していた。
木曜日のこの時間はお客さんが少なく、嶋宮さんと関さんは2人で赤ワインを開けながら話をしていた。
嶋宮さんは黒いTシャツの首元にサングラスを掛け、白いワイドフィットデニムを履いている。
「何話してたんですか?」
俺は「じゃあ」とワイングラスを自分用に取り出してから尋ねる。
関さんは小皿に、ナッツの盛り合わせを出そうとしている。
「マッキーの元カノの話」
嶋宮さんに言われて、耳を疑う。
「……え…?………
……あれ……俺、言いましたっけ……?」
俺が言うと、嶋宮さんはワインを一口飲んだ。
「いや…?……でも、ただの本屋の常連さんを、呼び捨てでは呼ばないだろうよ……!」
言われて、ハッとする。
愛は最初に一度だけ俺を「柊一」と名前で呼んだ。
それを嶋宮さんには、聞かれていた事を思い出す。
「真木君にもいるんだ。…そういう人」
関さんの整った顔に見つめられ「やめてくださいよ」と、俺は困った笑みを浮かべた。
「ちょっと意外」
関さんにそう言われる理由は、分かっていた。
俺は愛と別れてから、特定の誰かを彼女にした事は一度だって無かった。
性欲を処理できて、ちょっとした会話や食事、お酒を楽しむだけの割り切った関係ーーーその距離感は、傷つく事も、傷つけられる事もなく、楽だった。
なんなら愛と再会してしまったあの日の夜も、俺の家をよくホテル代わりにしてくる、ナオという女性と寝た。
黒い髪色に、幼い顔立ちのナオは、ぱっと見出会った頃の愛に似ていて可愛らしい。
ナオはナオで、複数の男と関係を持ち、俺を含めた複数の男達との間を渡り歩く形で関係を続けているらしい。
ナオはよく、俺じゃ無い男の香水や、煙草の匂いを付けたまま、俺の家に転がり込んでくる。
俺が別の女性と2人でベットで寝ていた時にナオが家に入ってきた時があったが「マッキーが空いてないなら俊のところにいこー」と、去って行った。
お互い、誰と寝ても、誰を抱いても、何も言われない関係は居心地が良かった。
「昔はいたんですよ」
俺はワイングラスに自分でワインを注ぎ微笑んだ。
そう。
昔は、いた。
誰かに触れられたら、誰かに声をかけられたら、不安になってしまう。
ずっと俺のものだと勘違いしていた、愛という女の子が。
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