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彼女を自分のものにしたくて、あの日声をかけた。 何度も彼女を喜ばせる為にデートをして、付き合った。 他の男に、髪の毛すら触らせたく無くて、自分のものにしたくて、男を知らなかった彼女の最初の男になった。 一緒にいれるだけで安らいで、目が合えば嬉しくて、笑ってくれると幸せになれる存在。 愛は10年前の俺にとってそういう存在で、俺はあの日愛を自分のせいで失ってから、別の誰かに同じ気持ちを抱く事ができなくなった。 愛を失ったあの日から、特定の誰かを欲しいとか、触れたいとか、そんな事を思った事はない。 だから誰かと付き合うとか、そんな必要も無い。 「どんくらい前の元カノなの?」 関さんに聞かれ、俺は思い出す必要が無いくらい鮮明に愛と付き合った事を覚えているくせに、視線を上にやって考えたふりをする。 「…10年…くらい前ですかね」 俺の答えに、嶋宮さんが「まだピチピチのマッキーの時だ」と笑った。 「ピチピチって言っても、その時すでに25ですよ」 俺はそう笑い、ナッツを口に入れた。 塩気が舌の上に広がり、ナッツは噛むと音を立ててバラバラになった。 「…ん…?…え…子どもデカくない…?」 言われてから「しまった」と思った。 嶋宮さんは、悠君を見ている。 「ーーーー俺と別れて直ぐ、旦那とデキ婚したんですって…。 …女の方、薄情っていうか、なんていうか……」 俺はごまかすようにそう言って、ワインを口に含んだ。 事実俺は愛と再会した時、女の方が薄情だなと思った。 俺の気持ちなんてつゆ知らず、愛は俺に終始笑顔で話しかけ、雨谷と楽しそうに話をして、帰っていった。 愛がまさか、雨谷みたいな目立たない、大人しいタイプと結婚するなんて夢にも思っていなかった。 というか彼女が結婚するなんて、俺は何故か考えもしなかった。 いつまでもずっと、俺の前から消えてからも、誰のものにもならないもんだと思って、疑いもしなかった。 「まぁ、いいんです。 あっちはあっちで、幸せにやってくれれば」 俺はそう言って笑った。 雨谷からはさっき「じゃあ明日な」と連絡が来ていた。 愛は知ってるんだろうか。 明日俺と自分の夫が飲みに行く事。 結局その後お客さんが来る事はなく、俺はそのまま関さんと嶋宮さんとしばらく話し込み、仕事を終えて家へと帰ってきた。 キバナコスモスの水を換え、愛も昔俺の部屋が殺風景だと言って花を買ってきてくれた事があったなと思い出した。 ワイシャツを脱いで、いつも通りネックレスを外し、シャワーを浴びる。 俺はきっと、今夜も愛の夢を見る。 夢の中で、触れそうで触れられない距離で泣いてる愛に反して、先日会った愛は幸せそうだったなと思った。
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