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「今度家に遊びにおいでよ。
奥さんの友達で、良い子いたら紹介するよ」
言われて愛想笑いで「ありがと」と礼を言ってから、雨谷に断って煙草に火をつける。
雨谷にも吸うか尋ねると「奥さんと結婚してから、吸ってなくて」と断られてしまう。
俺は自分が思っている以上にハイペースで酒を飲んだのか、店を出る頃には足元がふらついて雨谷のワイシャツの袖を女の子のように掴む格好になってしまった。
時間を見ると既に20時近くになっている。
17時から飲んだから、3時間近く雨谷と2人でいた事になる。
俺を店の前のベンチに座らせて雨谷はタクシーを呼んでくると言って少し離れた場所で電話をしていた。
相変わらず細いなと、雨谷の後ろ姿を見た。
普通の髪型に、普通の服装。
愛は本当は、こういう男が好きだったのかなんて、思ってしまう自分に嫌気がさす。
さっきから何故か、眠くて眠くて仕方がない。
飲み過ぎだ。
まったくもう。
「真木」
電話を終えた雨谷に声をかけられ、俺は重い瞼を上げた。
「奥さん、迎えにきてくれるって。
……よかったら今日泊まってく?」
それを聞いた瞬間、ほんの一瞬だけ酔いが覚める。
俺は手を、ぶんぶんと横に振った。
「いや、いいよ…!
…タクシーで…帰る……!」
「おっと!!」
言葉と裏腹、ベンチから急に立ち上がった俺はよろけ、雨谷に支えられてしまう。
「……無理だよそれじゃあ…
今日奥さん子供と映画見に行ってご飯とか食べてきてるし、気にしないでいいから」
「………」
その奥さんと子供に会うのが、嫌なのに。
雨谷の誘いを上手く断りたいのに、酔いが回り過ぎて言葉がうまく出てこない。
なんだ、これ???
酔い方が全然、いつもと違うーーー。
俺、そんなに飲んだっけーーー?
俺はしばらく雨谷とベンチに座り、そうしていた。
普段ならありがたい雨谷の親切心が痛く、俺はベンチに横になり星空を見ながら酔いが早く覚めるように祈る。
「……!………!
……え……大丈夫なの……?」
「モーモーさんのお兄さん…!」
目を閉じていた俺は、目を開けた。
ベンチに横になる俺を見下ろしているのは、愛と悠君だった。
愛は俺の目の前にミネラルウォーターをかざし「飲めます?」と聞いてきた。
「……ッ!?
……や!……大丈夫なんでーーー」
慌てて体を起こした俺は視界がぐらんと歪み、体を起こしていられない。
ベンチから落っこちそうになって、またしても雨谷に助けられる。
「家、一旦連れてって。
ーーーーー飲みすぎたみたい」
雨谷の善意を断りたいのに、酔いが回ってそれを否定する言葉が出てこない。
俺はそのまま愛の運転する車の後部座席に乗せられた。
瞼の重さに耐えきれず、目を閉じる。
おかしいな…そんなに飲んだ気がしないのにーーーー。
俺の意識は愛と雨谷と、悠君の会話を聞きながら暗闇の底に落ちていった。
モーモーさんのお兄さん。
自分の息子にお兄さんと呼ばれるのは、複雑な気分だなと、自分の意識が完璧に沈む瞬間考えた。
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