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俺は2人が愛し合うのを見て、このまま部屋の前に立つのはまずいと考え、リビングのソファに再び横になった。
心臓はまだ忙しなく動き、さっき見た愛の肌や表情が、頭から離れない。
あんな表情が出来るようになったのかと、さっきまで感じなかった嫉妬心が、自分の奥から沸々と湧き上がってくる。
当たり前だが、目の前の愛は出会ったばかりの、男という生き物について右も左も分からない無知な少女では無いのだ。
きちんと男のーーー雨谷を悦ばせる手管も表情も身につけた、一端の女になっている。
「あれーーーーーー?」
不意に聞こえた声に、俺は咄嗟に肩を震わせた。
「起きてたーーーー?」
愛はソファの前に来て、俺の顔を覗き込む。
ダメだーーー
さっきの愛を思い出して、俺の下半身はもう一度反応しそうになる。
愛はさっき雨谷が脱がせていた、紺色のパジャマを着ている。
「ごめんーー寝ててーーーー」
俺はそう言って愛から顔を背けた。
愛は小さく微笑んで、俺のおでこに手を当てた。
思わず身体が、小さく跳ねる。
「…よかった…。
顔色良さそうだし、熱とかも無いね。
ーーーーすごい汗…暑かったーーー?」
俺は体を起こして、自分の額に置かれた彼女の手を払った。
さっきと同じように軽い頭痛がしたが、そんなの気にしてられない。
「ーーよせよ。子供じゃないーー」
俺に手を払い除けられた愛は驚いた顔をしてから「ああ」と微笑んだ。
「ごめん…悠にするみたいに、しちゃった」
「雨谷は?起きてる?」
謝る彼女に被せるように俺は尋ねる。
帰らないと。
早くここから。
一刻も早く。
「もう寝てる。
久々に友達と飲んで、酔っ払って、楽しかったみたい」
笑って答えた愛に「それは良かった」と返した。
「…悪いんだけど家帰っていい?
俺明日仕事あるしーーーこのまま泊まると色々と面倒で」
俺に言われ愛は驚いた顔をした後で、こくんと首を縦に動かした。
「いいよ。タクシー呼ぼっか」
「いいよ。自分で呼べる」
愛に対して、つい冷たい態度をとってしまう。
仕方ない。
あんなところ見せられた後に、こうして2人きりになって、普通通り振る舞えるはずない。
「わかった。あ、お水、持っていって。
ーー光さんと悠に、真木君は元気になってお家に帰ったって伝えておく」
俺の態度を気にする訳もなく微笑む愛に、安堵するような申し訳ないような、腹が立つような複雑な気持ちになる。
なんだよ。
今度は真木君になったのかと、心の中で毒づく。
「ーーーありがと。酔っ払って悪かった。
ーーー助かったーー」
「ううん。なんにも」
俺がかろうじて礼を伝えると、愛は小さく微笑んだ。
俺はそのまま荷物と水を持って、愛に案内されて玄関へと向かう。
「おじゃましました」
「真木君」
俺が玄関のドアノブに手をかけた時、愛に声をかけられ振り返る。
「なに?」
またしても、無愛想な声が出る。
「…また……お店行ってもいい?」
愛に言われ、俺は黙った。
心臓の脈が速くなるのを感じる。
背の低い愛は意識してか、意識せずか、上目遣いで俺の答えを待つ。
「ーーーご自由にどうぞ」
そう答えて背を向けると、背後から愛の「ありがとう」という声が聞こえ、俺はそのまま扉を閉めた。
むかつく。
俺の気持ちなんて、全然知らないで。
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