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妹の莉子(りこ)が死んだ。 まだ、19歳という、酒も飲めなければ、タバコも吸えない年齢だった。 「すぐ来てください。 妹さんのご遺体がーーー海で見つかりました」 警察から電話がかかってきた時は全く現実味が無かった。 だから俺は仕事先から病院へ向かうタクシーの中でも外の景色を見つめていたりして、泣いたりはしなかった。 死んだ? 莉子は風邪なんてほとんど引いた事ないし、大きな事故に遭ったこともない。 うちは一生分の運を10代で使い果たしてしまう様な裕福な家庭じゃないし、莉子は人気モデルでも、将来有望なスポーツ選手な訳でもない。 両親が亡くなって苦労はしたけど、それなりに兄妹で楽しく平穏にくらしていたし、莉子はどこにでもいる、普通の女の子だった。 その莉子が、海で死んだ? こんな真冬に、海? そもそもアイツは泳げないのに、海になんか行くか? そんな事ばかり考えている間に、タクシーは病院へ到着した。 病院の中へ入り救急外来の窓口で名前を告げると、俺は数分待たされた後で医師に霊安室へと案内された。 「病院に搬送された時にはーーー…既に心肺停止の状態でーー…手の施しようがありませんでした」 顔に白い布がかけられた遺体。 不思議な事にその遺体を見た瞬間、突然莉子の死が現実味を持ち始める。 心臓の鼓動が速くなり、呼吸が浅くなる。 指先から血の気が引いていき、冷静だと思っていた自分はその場に座り込んでしまった。 「雨谷(あまや)さん……!」 気づけば先程の男性医師が、俺の身体を後ろから支えてくれている。 これが、今日の朝まで元気だった莉子だというのだろうか。 顔を見たい。 そう思うのに、手が動かない。 両親を亡くしてから、両親の残してくれた保険金と家で、市のサポートを受けながら、2人で慎ましく暮らしてきた。 贅沢なんてしなくても幸せで、今の穏やかな生活が続けば、それで充分だった。 別に何か高望みした訳でもなければ、莉子が何かーーー悪い事をしたわけでもない。 なのになんでーー莉子なんだ? なんで莉子が、死ななきゃならないんだ? 「お顔ーー…もう少し落ち着いてからでも…」 横にいた看護師が声をかけてくれた。 俺は力無く、医師が支えてくれている手を外した。 「ーーー2人に…してもらっても… ……いいですかーーー?」 俺の言葉に、医師と看護師は顔を見合わせた。 少しだけ迷った後で、2人は俺の方に一礼して霊安室を出て行った。 薄暗く、ひんやりとしたこの小さい部屋に、俺と莉子は2人きりになった。 俺は意を決して、莉子の顔にかけられた白い布に手を置く。 人違いだとか…そういうオチがつかないかと考えてみても手は震え、胃の奥から何かが込み上げてきそうになる。 俺は震える指先で白い布の先っぽを掴み、布を捲り上げた。
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