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留学から帰国すると、婚約者が決まっていた。
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「麗様は心底残念そうにしておられたんですけどねぇ」
むしろ、発言主の方が心底残念そうに溜め息をついた。
はつらつとしたこの女性は、単身訪ねてきた月を歓迎し、るゐと名乗った。髪にほどよく白いものが混じっているということは、存命であれば月の母と近い年頃だろう。
ちりりん、と窓辺の風鈴が同意するように鳴る。
「ちょうど一年で最も忙しい時期でしょうから、仕方ないと思います」
「月様はなんとお優しい方なのでしょう! もう少し怒ってもよいのですよ?」
「いえ、流石にそれは」
突然決まった月の嫁ぎ先は、四大貴族のひとつ・夏越家だった。
夏越家の現当主、夏越麗。
まだ見ぬとはいえ将来の夫ではあるものの、月が怒っていいような相手ではない。もし不興を買えば、月だけではなく藤堂家が滅びかねない。
(というか、どうして一商家の娘を嫁にしようと思ったのかしら)
実家からは、花車柄の振袖を着せられて送り出された。
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