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(だって屋敷で静かに旦那様を待つより、割烹着を着て体を動かしている方が性に合うんだもの)
「つ、月様ぁ」
一緒に働く給仕の好が月を呼んだ。
おかっぱ頭の好はいつも元気で、月とはすぐに気が合った。ただ、同い年だし共に働く仲間だからと言っているのに、夏越家当主の婚約者ということで敬称を付けられていることには少々不満を抱いている。
「好さん。今日こそ誘うって言ってましたよね?」
「それは、そうなんですけど……」
好の語尾が消えていく。
理由は単純明白。
好は恋をしているのだ。お相手は甘味処の常連客である、小説家の小鳥遊。すらりと背が高くて、黒縁眼鏡をかけている。彼は今日も甘味処の隅で、ゲラァレを頼んだところだった。
(わたしからすれば、小鳥遊さんも好さんへ恋していると思うのに)
月が好へ何回言っても信じてもらえない。小鳥遊は忙しいなかでも笑顔を絶やさない好へ、熱のこもった視線を向けているということを。近頃は忙しい時間を避けて来店することが多いことを。
今も、店内に客は小鳥遊ともう一人だけだ。
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