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——先ほど、つい言ってしまいそうになった。
ならば、今年は自分がバースデーケーキを買ってあげる。
苺のショートケーキなんかじゃなくて、一緒に、好きなアイスクリームケーキを選びにいこうと。
踏みとどまったのは、やはり臆病な感情が勝ってしまったからだ。
一度寝たぐらいで本気になって、重くて面倒な男だと思われるかもしれない。
そして、鹿島田のことだ。
内心ではそう思っていても、きっと黙って受け入れてくれるだろう。
でも、それだと意味がない。彼自身が、きちんと選ばなくては。
靴下まですっかり履いてしまうと、生田はふたたびベッドに腰掛けて、デジタル時計をじっと見つめた。
それから、すっかり片付けられた、チキンやアイスクリームのゴミ、一箇所に集められた缶へと視線を移す。
Tシャツに染み込んだ汗の匂いにつられて、昨日ここに来たばかりの感情がうっすらと蘇ってきた。
絶望感と、投げやりな気持ち。
水嶋と別れてからは、まるでずっと真夜中にいるような心地だった。
しかし、鹿島田と出会いここに来て、今この瞬間まで——そんな薄暗い感覚を、すっかり忘れていたのである。
「どうしたの、ぼーっとして」
いつのまにかシャワーから上がったらしい鹿島田に、声をかけられた。
彼ももう服に着替えている。シャツの白さをとらえたとき、焦燥感が視界を遮った。
「朝日を見てたんです」
生田が言うと、鹿島田は部屋中を見回してから、反応に困ったように眉を上げた。
もうとうに日の昇った時間だし、それにこの部屋には窓がない。彼が怪訝に思うのも無理はなかった。
「なんかすごく久々に、朝日を見たような気がしたんです」
少し言い方を変えると、鹿島田は短く「そっか」とだけ言った。
彼も今、同じ景色を見ていたらいいのに——自分勝手な思いが浮遊して、弾けた。
「そろそろチェックアウトですよね。出ましょうか」
ぐずついた気持ちを断ち切るように言うと、スマートフォンをパンツのポケットにしまった。
互いに探り合っているような、妙な空気。
昨日、部屋に入ってきた直後以上の、居心地のわるさを覚えた。
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