1

1/4
261人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

1

視界の角に、黒いスニーカーのかかとが入り込んできたり、見切れたりする。 ざらついたアスファルトは時折、ネオンのシャワーを浴びて、ピンクやイエローのフィルムを纏ったかと思うと、ふいに一箇所だけ、黒く塗りつぶされた。 長めにつくった前髪に覆われた額や、すっきりと刈り上げたうなじを、汗が伝う。 両手を擦り合わせると、手のひらにもじっとりと汗をかいていて、ぬめった。 生田(いくた)大我(たいが)は、ふたたび視界に入り込んできた黒いスニーカーの先を視線で辿った。 白いリネンシャツにネイビーのパンツというごくありきたりな組み合わせだが、シルエットや素材選びにはそれなりにこだわっているのだろう。 自分よりも年上だろうが、痩せているし、禿げてもいない。 つまり、外見だけで判断すれば、今目の前をいく彼は間違いなくで、だからこそ、その後をついていくにはそれなりの覚悟を決めなくてはならなかった。 生田は、不安や動揺を踏み固めるように、いつもより大股で歩いた。 これは自身に与えられた試練であり、また、達成しなければならないミッションでもあった。 「大丈夫? けっこう酔った?」 突然、目の前の男——鹿島田(かしまだ)が振り返った。 生田は慌てて首を左右に振りながら歩幅を小さく調整し、あらためて彼の顔をまじまじと見た。 薄暗い店内にいた時よりも、そのつくりはだいぶ柔らかい印象だ。 奥二重のまぶたから注がれる視線は、いくらかネオンの影響を受けて光っているが、ぎらついてはいない。 鹿島田の清潔なまなざしに、生田はいくらか安堵したのだった。 数時間前、バーに入った時、一斉にまとわりついてきた値踏みするような視線。それを一身に浴びる居心地の悪さといったら——思い出しただけで鳥肌が立ちそうだった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!