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「え? もう一度言ってくれ」
あやねの身体にまたがっていた貴大が、目をしばたたいた。彼女はうつ伏せになったまま、ふうっと短く息を吐いた。
「だから、お父さんがわたしたちのことを疑ってるみたいなの」
「……何を?」
布団の上で両膝をつき、前かがみに指圧を続けながら訊いた。
「あのね……」あやねの返事は歯切れが悪い。「男と女の関係じゃないかって、こっそりお母さんに訊いてるみたい」
「は?」
貴大は驚いて手を止めた。
「続けて」
あやねは目を閉じたまま言った。
「アアはいはい」
催促されて、貴大は腰を浮かせたまま親指に力を入れる。
「どう思う?」
「うーん」
貴大は唸った。「たぶん、ちゃんと説明しないから誤解してるのかもな。なんではっきり言わないんだよ」
「それはちょっと、ね。私の口からは言えないなあ」
あやねの顔が横を向いたままいたずらっぽく笑った。
「どうして?」
「今のわたしたち、どう?」
言われて貴大は沈黙した。どうもこうもない。自分は短パン一枚だけで、上半身は裸だった。
あやねも似たようなもの。ムーミン柄のシャツとピンク色のブラジャーを頭のそばに置いている。
全裸に近い二人は今、布団の上にいた。
貴大は大きな溜息をつき、
「たしかに」と言って、顔をしかめた。
「でも、こうなったのはオレのせいじゃないぞ。おまえからうまく説明してくれよな」
そう言いながら見事に成長した高校三年生の臀部に親指を突き立てた。
すると、あやねが大きなおならをした。貴大は顔面に直撃を受ける。
「尻で返事をするんじゃねえっ」
貴大は少し仰け反り、あやねの尻を思いっきりはたいた。一瞬だけビクッと跳ねたが、彼女はまったく動じない。
「しかも、イエスかノーかわかんねえじゃないか」
咳き込みながら何度も掌を振った。薄く線香の匂いが漂っていた座敷のなかに、別の匂いが広がっていく気がした。
「貴大が悪いのよ。わたしのスイッチを押すから」
「そんなもんねえから。ったく、目に染みるぅ」
貴大はまぶたを閉じて首を振った。
「そんなに喜ばなくても」
あやねがくすくす笑う。
「気に障るから黙ってろ」
ぶつぶつ言いながらも貴大は手を伸ばし、あやねのトートバッグからマッサージオイルを取り出した。紅茶色の小瓶からレモン色の液体を掌に取り、ほどよく温める。それからくびれた腰の、コリのひどい部分を重点的に下から上へ向かってしっかり塗っていった。
「いやぁん。愛を感じちゃう。どうしよう」
「気のせいだ。そんなもん欠片もないから」
腰から背中方向へと全体的にオイルを優しくなじませる。腰に手を置き、大きく円を描くように腰から肩へ、肩から腰へと掌を動かし、圧をかけていった。
「あのさ。一つ言っておきたいんだけど」
「改まっちゃって、なに」
「オレはただのクラスメイト。別におまえの専属でも何でもないからな」
ええーっ、とあやねが声を上げた。
「時給千円で雇ってるのに?」
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