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「うーん、これは、アレルギーですねぃ」
近所の医者がいつもの軽い調子で言ってのけた。アレルギーなのは僕でもだいたい検討がついている。
「先生。一体何のアレルギーですか?僕は今までこの時期に症状が出たことがないのですが」
「んまあー、アレルギーってのは急になりますからねぃ。こりゃ、一度検査して見ないとだめだねぃ。今日はね、たーっぷり血ぃ取っていってもらいますからね。結果が出たらまた聞きにきてちょうだい。それまでね、ねんのためお薬出しときますんで」
案の定、とりあえずで処方された薬はほとんど効かず、アレルギー症状も日に日に強くなってきた。そして約束の一週間後、医者が告げた検査結果は信じられないものだった。
「あー、血の検査のねぇ、結果出ましたよー。こりゃやっぱりあれですね。嘘アレルギーですねぃ」
「嘘アレルギー?」
驚いた様子の僕の目も見ず、いつもの軽い感じで近所の医者は話し始めた。
「そうそう、ブタクサとかイネとかそういうアレルギーはなさそうだね。でもほらここ、一つの項目だけ反応がすっごいのよ。これがね、嘘へのアレルギー反応なの。ありゃー、これはかなり強いアレルギーだねぃ」
「先生。僕、嘘アレルギーなんて聞いたことありません。植物とか食べ物とか虫とかのアレルギーは聞いたことがあるけど、嘘って人間のさじ加減ですよね」
「いやいや、最近の研究でね、人間も無意識に菌を飛ばしてることが分かったのよ。それが、嘘菌。人間は嘘を言うとね、多かれ少なかれ嘘菌っていうのがその人から飛ばされて、受け取った相手の体の中に入っちゃうのよ。だいたいの人は耐性があるんだけどね。たまに急にアレルギー起こしちゃう人もいるんだよねぇ」
「そんなことってあり得るんですか?僕、医学は分かりませんけど、なんとなく今までの常識から逸脱しているような気が……」
「あー、やっぱりデタラメだって思うよねぇ。そうだよねぇ。そりゃそうだわ。でもさー、今の話を聞いて、鼻むずむずする?」
「いいえ」
「主にどういうときに症状が出るの?」
「職場にいるとくしゃみがひどいです。誰かが話しをしているのを聞いていると症状が出たりします。自宅にいると平気なのですが、誰かと電話をしたり、会ったりすると、症状が出る時があります」
「じゃあさー、これまで特に強く症状が出た時の事教えて?ん?」
「そうですね」
僕は、彼女とデートをして初めに症状が出た時の事を思い出した。
「彼女が車に乗って、一言二言話したとたん、鼻がむずむずしました」
「一言二言?何を話したの?」
「え、普通に、おはようとか……」
そう言った瞬間、僕の鼻センサーが反応して大きなくしゃみが出たのを見て、医者は愉快な笑い声を上げた。
「ほらぁ、嘘はだめだよぉ。自分の嘘でも反応しちゃうからね。で、本当は何て言ったの?」
「会いたかったとか、会えて満足とか、そんな感じです」
「あー、なるほどねぇ。それで、症状がでちゃったんだ。そうかー、ふうん」
なんだか楽しそうな医者に僕は内心イラっときたが、なんとなく腑に落ちる部分もあった。
「で、他にはどんな時に症状が出たの?ん?」
「職場で社長が訪ねて来た時に、なぜか酷いくしゃみに見舞われました」
「へえ、その時はどんな状況?誰かなにか話していた?」
「えーっと、社長が部長に“期待しているよ”って言ったり、部長が社長の機嫌を取ろうとしておべんちゃらを言っていた感じですかね」
「なるほど、嘘が飛び交っていたんだねぇ。ま、職場ってのは機嫌取りとか顔色伺いとかが盛んなところだからね、嘘も多く飛び交ってしまうんだよねぇ」
「嘘アレルギーを治すにはどうしたらいいんですかね」
「んーそれがね、あんまり事例がないからね、一般的なアレルギーの薬を飲むくらいしかないんだよねー。あとはやっぱり、できるだけ嘘に近づかないことだねぃ。そうすると急に症状がなくなることもあるみたいだからねぃ。はいお大事に」
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