天使がくれた地球のコア

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天使がくれた地球のコア

 なんだかもう、いろんなことが面倒くさくなって、この橋から川に飛び込んだら死ねるかな?なんてぼんやりと思いながら欄干から川を覗き込んでいたら、背後から服を掴まれた。 「どこかでお会いしませんでしたっけ?」  その人が言う。 「……いいえ」 ナンパ? 「会ったかも知れませんよ!覚えてないだけで」 その人はなおも言う。 おかしなのが来た、と無視して逃げることもできた。 だけど、ほんの少し興味を惹かれてしまったのは、私をナンパしてきたその人が、ほんのまだ10歳かそこらの少年だったからだ。 「生きてたらいいことがあります。あなたが認識してつまらないと思ってる世界はほんの一部分でしかなく、もしかしたら人間はたくさんの大事な可能性を見ていないだけなのかも知れませんよ?それを見ようともせず命を絶つなんて、もったいないとしか言いようがありません」 少年は必死で言い募った。 少年の全く癖のない猫っ毛が、夕方の風で揺れた。 陶器みたいに白い頬はビロードのような滑らかな産毛に縁取られ、夕陽で輝いている。 アーモンドの瞳。ふっくらとカーブを描いた唇は嘘みたいに赤い。 私はそれらをぼんやりと眺めながら、少年の言葉を聞いていた。 「聞いてます?」 少年が首を傾げる。 「あぁ、ごめんね。大丈夫だよ。飛び降りたりしないよ。第一飛び降りてもこの程度の高さで死ねるとは思えない。私、泳げるし」 私がそう言うと、少年はちょっとがっかりしたような顔をした。 「なんだ、せっかく天使になろうと思ったのに」 「天使?」 「そう。人を助ける天使。誰かにとっての天使になりたいんだ、僕」 おかしなのに関わっちゃったな、と内心面倒くさくなり始めていた。 私がひいたのを感じ取ったのか、彼は急に話題を変える。 「これ、飲むといいよ」 黒いカプセルが2錠、手のひらに乗っている。 「なに?」 少年は赤い唇の端を上げて、綺麗に笑った。 「なんだと思う?」 「さぁ、毒薬?」 こんな天使みたいな少年がくれた毒薬なら、飲んでみてもいい。そんな自暴自棄な気持ちになっていると、少年は吹き出した。 「鉄だよ。ただのヘム鉄のサプリ。鉄分が足りないと、やる気が出なくなるんだ。それに鉄ってさ、地球の真ん中でマグマみたいに渦を巻いている地球のコアの物質なんだよ。身体に地球のコアが必要なのは、すごく納得がいかない?」 「はぁ……」 そう、15歳のうら若い私が橋の上から飛んでもいいかな、なんて思ってしまった理由。 何をしたいわけじゃない。何をしたくないわけでもない。ただ、そこはかとなく、やる気が出ないのだ。 なんに関しても。 生きてるってなんだろう?学校ってなんで行くんだろう?受験なんて面倒くさい。 中二病だって?勝手に言ってろ。 そんな心境。 でもよく見ると、少年は自ら天使になりたいというのには相応しい外見をしていた。 色は白く、大きな瞳は澄んで青みがかっている。額にこぼれ落ちる長めの髪はさらさらで、一本一本が赤ちゃんの毛のように細く夕陽に透けて金色にも見えた。背は私より少し低いので、見上げるように話しかけてくる様子が可愛いらしい。 「僕は君の守護天使だよ。一生君のことを護る」 そんなファンタジーなセリフを面食らいながら聞いているうちに、私は橋から飛び降りるのを思いとどまった。 それから高校受験をして、なんとか志望校に滑り込み、次は大学に進学し、就活。 その間毎日、彼のいうところの「地球のコア」(ただの鉄のサプリ)を飲んで、少しは「やる気」が続くようになって、身体が動くようになった。 要は、貧血体質だったのだ。
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