チョキリズム

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 俺は人目も憚らずに笑いこけた。隣の客がチラ見するくらいの大声で、俺は笑った。 一通り笑い終わって落ち着いたころ、店員が芋焼酎の一升瓶とだし巻き玉子を運んできた。佐久間はというと、笑われたことが不快だったようでふてくされた表情をした。俺は「わりいな」という思いをこめて、芋焼酎を佐久間のグラスになみなみになるまで注いだ。 「けどよ、全部おめえの気にしすぎな感じがするんだけどな。全部の不幸をカニのせいにしようとしてる。カニを意識しすぎなんだよ」 「僕が不幸を感じたとき、いつもそばにはカニの存在があるんです。ただの気にしすぎなんかじゃありません。僕思うんです。奴らは僕を監視していて、虎視眈々と狙っている」 「カニに何が出来る?意思を持っておめえを陥れようとしてるってか?それともカニ星人の征服か?ばかばかしい。しんきくせえ話ばかりしねえで飲んで食え。ここのだし巻き玉子はうめえぞ」  半ば強引に俺は佐久間にだし巻き玉子を勧めると、彼は未だ湯気の立つだし巻き玉子に箸を入れ、ゆっくりと口に運んだ。ほくほく、ほくほくと顎を動かしていくうちに、佐久間の表情が和らいでくる。どうやら彼の舌にも合ったようだ。 「う、うまい。熱々で、ふわふわで、優しく抱擁されているようで、まるで邪心が取り除かれていくようです」 「感想はちょっと気持ち悪いが、どうやらおめえも気に入ったようだな。もっと食え。飲め。嫌なことは忘れちまえ」  佐久間のだし巻き玉子への箸は止まらなかった。皿の脇に添えられている大根おろしには目もくれず、取りつかれたかのようにだし巻き玉子を口に運んでは、ほくほくと顎を動かす。流し込むように芋焼酎を飲んでは、まただし巻き玉子を食う。醤油やマヨネーズでの味変も勧めたが、佐久間は顎をほくほくさせながら首を横に振った。  こいつ、よほど邪心があるんだな。俺はそう思って気付かれないように笑った。 「おめえ、そのだし巻き玉子好きか?」 「はひ、すきでふ」 「そうかよかったなあ。ところでそのだし巻き玉子の断面、よく見てみたか?」 「え?」  佐久間は一口齧り断面を凝視する。紅潮していた顔色がみるみるうちに青ざめていく。
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