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プロローグ
がらら…
古いシャッターは、その過ごしてきた年月の長さを思わせるように、重たいような鈍い音を立てながらゆっくりと上がっていく。自動式ではないけれど、留め具を外すとシャッターは僕の手から離れて自ら上がっていく。
シャッターが上がり切ると、眩しいほどの強い太陽光が店の入り口を照らす。外は「茹だるような」という表現を通り越して灼熱の暑さだ。近年、年々暑さが酷くなる気がする。僕は歳を重ねる度に暑さに弱くなっているんだろうか。
そんな外の暑さとは裏腹に、店内はひんやりと涼しい。涼しいを通り越して肌寒いくらいだ。けれども店内にはエアコンはない。エアコンのなかった古い時代から続いているらしいこの店は、当時のままの設備なのだ。それなのになぜ、こんなに涼しいのかと言うと…
ここは、人と人ならぬものが交わり、人の世と人ならぬものの世界を繋ぐ不思議な空間。シャッターがひとりでに開くのも、人ならぬものの仕業だ。そして店内がひんやりと涼しいのも。
僕はひょんなことから、人ならぬ者からこの古書店を継ぐことになった。僕自身は平々凡々なごく普通の人間であるけれど、ちょっと(かなり?)変わった経歴があったりして…
その経歴のお陰で僕には不思議な仲間がたくさんいる。三十路も後半になった、いい歳をしたオジサンが「不思議な仲間」だなんて言うとチュウニビョウみたいだけれど…不思議な仲間としか言い表しようがない。
ふと、並んだ書棚の隙間からこちらをチラチラと見る影が目の端に映る。その姿を捉えようとすると、サッと逃げてしまう。彼(彼女?)は恥ずかしがり屋なんだとぬらりひょんが言っていた。影の正体は座敷童らしい。
ぬらりひょんと言うのは、人の姿をした妖だ。「ぬらりひょん」と言うと、よく妖怪関係の作品などで見かける禿頭の老人を思い浮かべるんじゃないかな?でも、彼は違う。どちらかと言うと軟派な雰囲気のイケイケのイケメンだ。簡単に言うとチャラいイケメン。けれどパッと見の印象とは異なり、博識で感情表現が豊かだ。それを言うと、「人の言うイメージは、人々が勝手につくり上げたものであって我々の本当の姿ではない。この姿から得る印象も人間側の勝手なイメージであって、意外と言われるのは心外だ」と憤るのだ。確かに、僕だって勝手なイメージを作り上げられてレッテルを貼られるのは嬉しくない。人はそうやって己の勝手なイメージを相手に押し付けて、相手を縛っているのかも知れない。人ならぬ者から人の道理を教わるのはなんとも不思議な気分だ。
他にも、様々な妖がやってくる。先代のお得意さんたちの殆どが妖なのだ。中には人もいて、その中に僕の兄もいる。母親は違うけれど、父親が同じなのだ。母違いの姉の子、つまり僕の甥っ子に当たる少年もこの店のお客になりつつある。この古書店を通して伯父(僕は叔父)と出会い、彼の持つコレクションに大層な興味を抱いて以来、伯父の家に入り浸り、時折ここにもやってきて書を漁っていく。甥っ子は僕と違って非凡な才能があるけれど、僕と同じく変わった経歴を持つ。ついでに言うと、母違いの兄や姉も。
ここは人と人ならぬ者が出会い、集う場所。
さぁ、今日もヤマネ古書店、開店だーーー
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