2人が本棚に入れています
本棚に追加
1
「さっむ……」
急に吹いた冷たい風に、由太郎は思わず呟いた。
季節は冬。場所は小さな公園。辺りには由太郎以外の誰もいない。隅っこのベンチに座り、コートのポケットから二つ折りの携帯電話を取り出す。パカッと開いて表示されたのは、23時16分という時刻と、3日前に撮った野良猫の写真。それ以外は無い。つまり、着信履歴もメールの通知も0件ということだ。
(うぅ、これはまだ怒っとるな)
はぁ、と大きく息を吐く。
今朝、由太郎は、とある人物と喧嘩した。
喧嘩自体はこれまで何度もあったが、今回はいつもと事情が異なる。それ故に由太郎もどう対処していいか分からず、こうして夜の公園をフラフラしている。
(……俺ってそんなに信用出来へんのかな?)
彼女を怒らせた理由を思い返して、2度目のため息が出た。1月の外気に触れた息は白くなり、上へのぼっていく。何となくそれを目で追うと、視界いっぱいの夜空が映った。
星がキレイな夜だった。
まるで黒い画用紙に、ラメが入った絵の具を散りばめたような光景だ。
(こうやって公園のベンチで夜空を見るのは、久しぶりやなぁ)
由太郎は子供の頃に家出をして以来、基本的に野宿生活をしていた。ここ最近は彼女の家に泊まる日が多いためーーーーというより、ほとんど居候状態ーーーー夜に外へ出ることがめっきり減った。
改めて眺めると、星空とは面白いものだった。
星と一口に言っても、いろいろな種類の星がある。大きい星、小さい星、強い輝きを放つ星、そっと淡く光る星、流れる星ーー。
「え?」
由太郎は驚いて立ち上がった。
流れ星がある。
しかも1つではない。2つ、3つと次から次へと空を横切っている。
由太郎は、本物の流れ星を目撃したのは初めてだった。思わず手を合わせて、
「仲直り出来ますように! なっ、仲直りできますように! 仲直りでき」
願い事を3回唱えようとした。
だが最後まで言い終わる前に、流れ星はパタリと止んでしまった。
「マ、マジか……!?」
由太郎はその場にしゃがみ込む。白い髪を悔しそうにクシャッとした。
「今日はホンマについてないわ……」
「何かお困りですか?」
「困るも何も、流れ星を見たら願い事を3回唱えろって言うやろ? あれ難易度高くない? あの速度で3回は厳しいで……」
「確かに先ほどの貴方は、約2.5回しか言えていませんでしたね」
「そうなんや! しかも途中で噛んだし! くそ、願い事叶えるチャンス逃した!」
「私は唱えた回数は気にしませんが、貴方が気になるというのなら……。そうだ、ここは四捨五入しましょう。これで3回唱えられたことになります!」
「な、なるほど! 名案や! 自分、頭ええなぁ……って誰!?」
由太郎は座ったまま後ずさった。
公園には由太郎しかいなかったはずなのに、いつの間にか見知らぬ少年が立っていたのだ。
「あ、すみません。驚かせるつもりはなかったんですが……大丈夫ですか?」
「いやいや普通に驚くって! 誰なん!?」
「紹介が遅れました」
少年は由太郎の方へゆっくりと歩み寄って、
「私の名前はヒカルと言います」
手を差し伸べながら、優しく微笑んだ。
ーーーーー
最初のコメントを投稿しよう!