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ミヤマ様の噂
「ミヤマ様って知ってる?」
「……しりません」
「ミヤマ様ってね、東の森にいる、なんだろ、神様?あんまり姿は見えないけど、高い下駄を履いてるらしいよ。でね、いつも泣いてるんだって」
「……なんで?」
「え~、知らないよ。でね!ミヤマ様は森のヌシで、森の木には全部ミヤマ様の目がついてるんだよ!だから人が入ったらすぐにわかるんだって」
「……ふぅん」
「森の中でさ、寂しいとか、悲しいとか、怖いとかって思ったらミヤマ様に食べられちゃうんだよ」
季節は梅雨に差し掛かろうとしていた。薄曇りの空が、朱越を覆っていた。
朱越は一本の街道を中心とした山間の土地だ。街道の周りには店や集落があるが、周囲を森で囲まれているため、存在を知るものはわずかだ。
菊一は西の森の自分の庵の中で、子供たちの話を聞いていた。子供の間でよく流行る、噂話の類だった。「東の森の神様」は、菊一が子供の頃からある、朱越では名の知れた怪談だ。子細は違うが大筋は変わらない。
教えているのは遊びに来た子、ユルキ。小さなひよこ色の羽をぱたつかせ、よく喋りよく遊ぶ活発な波山の子だ。少し押され気味で、気味悪そうに聞いているのが弟子の風志朗。まだ頼りない灰色のカラスの子だ。
「特にね、子供と年寄りは溶かして食べちゃうんだって。だから怖いと思ったらダメなの」
「とかして……」
「ミヤマ様につかまったら、大きな声で笑って、『ありがとうございますミヤマ様、さようなら』って言って逃げるんだって。ふーしろーは怖がりでしょ?できる?あたしはへーきだけど」
「うーん……」
ユルキは楽しそうだが、一気に喋るので風志朗は困っている。
「お嬢さん、帰る時間だよ。お屋敷まで送っていこう。風志朗、留守番をよろしく」
頃合いを見て、菊一は弟子に助け舟を出しつつユルキに声をかけた。
「は~い。ふーしろー、じゃーね!」
案外素直に応じる。菊一に抱えられ、天狗の大きな翼で悠々と飛ぶのが、ユルキは好きだった。
その日は風志朗の寝つきが悪かった。何も言わなかったが、「ミヤマ様」のせいであろうことは容易に伺えた。菊一が背中を撫でると、その着物の袖を掴みながらようやく眠った。
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