ひな鳥は雨の向こう

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日が傾いた頃、波山の子のユルキは疲れたから帰りたいような、まだ遊んでいたいような中途半端な心地で街道をぶらぶらしていた。近頃のお気に入りは西の杜番とその弟子だったが、遊びに行くには少し遅い時間だった。決めきれずにいると雨が降ってきたので、雨宿りのつもりで東の森に身を寄せた。 東の森は朱越の面積の実に半分を占める大きな森だ。巨大な樹木や見通しの悪さから、実際よりも広く底の知れぬ印象を与えた。広い森を抜ける道は朱越を東西に走る街道しかないのだが、その街道さえ無理やりねじ込んだように狭くなっていた。森の入り口には鳥居やらいかめしい像やらが並び、近寄りがたい雰囲気があった。森と同化し始めた地蔵の前には、誰かが置いた線香の煙が細く立ち上っていた。 雨雲の向こうにまだ日はあってある程度明るい。雨粒は重くて、外に出ると痛いくらいだった。怒鳴りつけるような雨音が恐ろしかった。轍に溜まる雨水が不快だった。それに比べれば、怖いところと聞いていた東の森は、不思議と居心地が良いのではないかと思った。 奥から誰かの話し声が聞こえた気がした。朱越の住民の誰かかもしれないし、ここを通る行商人かもしれない。雨の中一人で出たくないから、一緒に連れて行ってもらおう。 だから、ユルキはつい、奥へ足を踏み入れてしまったのだ。 夕立かと思われた雨は嫌に長く続いた。高い枝葉に覆われた森でも、雨は葉の隙間から降ってきた。雷も鳴った。 森の中に入っても、話し声の主には出会えなかった。途中ですれ違ってしまったのか、幻聴だったのか、常世の者の声だったのか。ユルキには分からなかった。 声の主を捜すうちに街道は足元から消え、ユルキは帰る折も道も失っていた。「ミヤマ様」の存在を思い出して泣き出したのは言うまでもない。 じっとしているのが怖く、ユルキは方向もわからない中歩き続けた。偶然、傾いた小屋を見つけて入り込んだ。屋根はところどころ穴が開いて雨が染み込んだ。床も朽ちて頼りなかったが、マシな場所を探して暗がりでうずくまった。耳をそばだてても、雨と雷の音しか聞こえない。 「……おにいちゃん……迎えにきてよぉ……」 自然と兄を呼んでいた。一番年が近い下の兄は、ユルキを特に可愛がり、ユルキはいつも兄を追いかけた。
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