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四章 六月一週目の土曜日
肌寒くなって目が覚めた。諒はタオルケットを被りつつ、そばに置いてあるスマホで時間を確認する。
「ふう……」
もう十一時だった。朝に強い譲はもうベッドにいない。遠くから掃除機の音がするから、譲が部屋の掃除でもしているのだろう。譲のためにも美味しいお昼ご飯を作らねば。諒は体を起こした。そのときに腰が痛くなって、思わず苦笑した。
腰の痛みも引いたところで、タオルケットを畳む。ついでに汚れていないか確認すると、どちらのか分からない精液がこびりついていた。昨日後片付けをしたときに見落としていたのだろう。諒はタオルケットを床に投げた。
あくびを噛み殺しながら、ようやく諒はベッドから下りた。ベッドの向かいにあるタンスから部屋着を取り出していると、その隣にある姿見に映る自分と目があった。
そこに映る自分は下着だけの姿なので、男らしく骨太な体型なのがよく分かる。窓から光も射していて、白い肌が無遠慮にさらされている。目線を上げていくと、首元には赤い鬱血痕がある。諒はそれを舐めまわすように撫でた。
昨日はお楽しみだった。夕飯を食べている最中からお互いに誘うような目でいて、気持ちも雰囲気も十分な金曜の夜だった。諒は準備の時間さえもどかしく、寝室に向かう廊下を小走りしたくらいだ。ガチャリとドアを開ければ、獰猛な笑みを浮かべた譲に手を引かれ、組み敷かれた。そしてキスをたくさんした。首元のそれは、その名残だった。
諒もいい年した大人だから、幼い頃のように譲に手を引かれているわけではないが、それでも、セックスのときは譲にリードされている。諒は好きな相手に自分を委ねるのが好きである。その譲に、所有印のようにつけてもらえるのがたまらなく嬉しかった。
「えろ……」
急に声がしたので声の方を向くと、ドアの辺りに譲が立っていた。諒は譲に朝の挨拶を、と思ってスマートフォンに入力する。いつものように、入力中に譲がのぞき込んでくる。
『おはよう。エロってどういうこと……?』
「おはよ。んー、なんつーか……」
譲は考え込んでいる。諒は着替えながら、譲の言葉を待った。
「諒は所作がセクシーなのを自覚した方がいい」
思わぬ言葉に、諒はきょとんとしてしまった。諒のあまりの自覚のなさに、譲はため息をついてベッドに腰かける。
「今だって、別にパンツ一丁だからエロかったっていうよりも、キスマークのなぞり方がエロかったんだよ。……しかも目もセックスしてるときの目してたし」
『どんな目?』
「言わせる気かよ」
譲はベッドに倒れこんだ。
『俺は普通にしてるつもりなんだよ』
譲が入力内容を見に来ないので、諒は入力した内容を譲に見せる。
「社内の女の子の目をくぎ付けにしてるの誰だよ……」
譲は顔を覆った。諒が異性から人気なのは今に始まったことではない。それでも、その一挙手一投足のせいで、恋人がいるにもかかわらずちやほやされているのは、恋人として気に食わない。
『それは譲もでしょ。うちの後輩が、社内システムエンジニアのツートップって言って譲の名前挙げてた』
「ツートップ?」
諒はにこにこしながら頷いた。
『譲が来る前はマツだけだったんだけど、譲が来たからツートップなんだって』
「なにそれ」
『マツは優しいからね。モテるよ』
「確かになー。あいつは優しいよな」
諒は頷いた。会話が一旦切れたので、諒はタオルケットを持って部屋から出ようとした。
「えっ、それ汚れてた?」
諒は頷いて、スマートフォンに入力する。
『ついてた』
「まじ? 昨日は気づかなかったな」
『俺も』
諒がタオルケットを洗濯カゴに入れるために寝室を出ると、譲もついてきた。カゴのある洗面所に着くと、諒はまた鏡の自分と目が合った。何も意識していない自分の顔はアンニュイで、写真で切り取られてそうだった。
「……やっぱ、エロいよ、諒」
譲も鏡の諒と目が合ったのか、諒を後ろから抱きしめてそう言った。
『そそられた?』
諒はポケットからスマートフォンを出して、譲に示した。
「……直接的すぎるだろ」
譲は諒の肩に顔をうずめた。
「でも、そう。いますぐやりたい」
珍しく素直な譲がかわいく見えて、諒は頬にキスを一つ落とした。
タオルケットをカゴに入れて、譲は諒の手を引いて寝室に戻った。諒はベッドに着くやいなや譲に押し倒される。ふたりしてキスをして楽しんでいたが、諒はそれから先に進むのを手で制した。
『ほぐしてない』
「じゃあ俺がやる」
爪切ったばっかだし、と譲は諒に手を見せる。それならと思い、諒は了承の代わりに服を脱いだ。
「俺がほぐすの何年ぶりだろ」
『学生以来じゃない?』
諒はそう入力したあと、四つん這いになった。
「入れるよ」
つぷりと、細い指が侵入してきた。自分の指でもそうだが、最初に感じるのは異物感である。諒は思わず眉をひそめた。
「力むなって」
諒は頷いた。
次第に快感を拾えるようになってきて、譲の指が奥に入ってくるのが気持ちよくなってくる。
「指、増やすから」
譲がもう一本入れた。指をばらばらに動かす。
「……っ!」
諒は急な快感に耐え切れず、頭をがくんと下げた。その反応を見た譲がそこを執拗に擦ってくる。
「ほんと前立腺すきだよね」
諒の内腿が震える。体の力も抜けて、四つん這いを維持できない。伸びをする猫のように、諒は尻を突きだした姿勢になった。
譲の擦るスピードは一定ではない。執拗にこしこしと擦るときもあれば、ゆっくりねっとりと触るときもある。その緩急に、諒の息が荒くなった。
「いつも何本入れてんの」
諒は息も絶え絶えに、三本指を立てた。
「……へぇ。じゃあ入れるよ」
早急に指が突っ込まれる。
「っ、ふ、は」
あまりの快感に息ができない。このままじゃいっちゃう。諒は顔を上げて譲をにらんだ。
「涙目じゃん。そんなにいいんだ」
ふっと譲が笑った。それでも諒の意図を汲んで、指をずるりと抜いて、自身のそれをあてがった。
「でも諒はこっちの方が好きだもんね」
いつものように、譲が自身のそれで諒の前立腺を擦り始めた。諒は目の前がちかちかしてきた。抜け出せないほどの快感に呑まれているが、中を締めつけるのも忘れない。
「余裕あんじゃん」
振り返ると譲は見下すような目で諒を見つめていた。昨日もそういう目で俺を抱いてくれたな、と諒は思った。いつもとは違う、情事特有の譲の目つきが、諒は大好きだった。
「ね、俺もういきそう」
譲が諒の背中に覆いかぶさってきた。背丈は大体一緒だから、諒の耳元に譲の口が来る。
「今日も諒はドライでいくの? いくよね。えっろ」
諒は、譲からかけられる直接的で卑猥な言葉に興奮した。
がつがつと穿つスピードが速くなる。譲の限界が近い証拠だった。諒はそれに感じ入って、譲に見透かされた通りドライで絶頂を迎えた。そうして締めつけがきつくなって、譲は諒の中に欲を吐き出した。
しばらくの間、譲が諒に覆いかぶさった状態で息を整えていたら、重くなったのか、諒がもぞりと動いた。譲が諒の上からどくと、諒は部屋着を着始めた。終わりの合図だった。その様子を見た譲は、自身からゴムを外し、ごみ箱に捨てた。ついでにベッドが汚れていないか見るが、ゴムをしていない諒はドライでいったのだから、特に汚れていなかった。
『おなかすいた』
諒が譲にスマホを見せた。確かに、諒は起きがけでセックスをしていた。譲は朝食にトーストを食べていたからそこまで空腹を感じなかったものの、時計を見れば、そろそろ十三時になろうとしていた。
「俺もおなかすいた。なんか取る?」
諒が寝室を出ていくのに合わせて譲も寝室を後にする。
『キッチン入って考えるよ。何でもいいよね』
「うん。じゃあその間寝室の掃除してる」
諒が了解と言わんばかりに微笑んだ。ふたりの休日は始まったばかりだった。
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