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五章 六月二週目の金曜日
『譲、誕生日おめでとう』
諒はスマホを譲に示した。
「ありがと」
ふたりは乾杯した。
ここは、二人の住まいから少し離れたところにあるレストラン。諒の知り合いがシェフを務めるレストランで、諒が譲の誕生日に合わせて予約したのだった。
『ふたりっきりで譲の誕生日をお祝いするの、初めてかも』
「そうだっけ」
諒が食べながらスマホをいじる。諒の知り合いが経営しているからか、諒が食事中にスマホをいじっていても白い目で見られることはない。理解のある人のもとで食べる食事は美味しい。入力しながらも、諒は舌鼓を打っていた。
『大学生の頃までは他に友達がいたりしてたじゃん。それで社会人になってからも、譲が忙しくて日付ぎりぎりに帰ってきてお祝いできなかったんだよ』
「たしかに。……前の職場はマジでブラックだった……」
譲も諒も苦笑した。今では諒と同じようにホワイト企業に勤めているが、前職の譲は、それは大変だった。残業に休日出勤にとこき使われ、陶器のように白くてすべすべだった譲の肌は荒れた。満足にデートもセックスもできない五年間だった。今日みたいな日が来るなんて、思いもしなかった。
あのあと、ふたりとも完食し、誕生日だからと諒が奢った。
「また行きたいな」
譲がそう言うと、それを肯定するように諒が頷いた。
店を出て、ふたりで夜の道を歩く。定時退社してレストランに行ったから、まだ二十一時前だった。
無言で歩いていると、ふいに諒の手が譲の手に触れた。お前、こういうことしたくないはずなのに、なんで。そう思って、譲が諒を見上げると、諒は微笑んだ。譲に触れている手を恋人つなぎに変えながら、諒は器用にスマホをいじった。
『たまには、いいでしょ』
普段の諒は、外で恋人らしいことをしたがらない。それでも諒から手を繋いできたのは、ディナーで飲んだアルコールのせいかもしれなかった。
「……そうだな」
譲は呟いて、握る手に力を込めた。
手をつないだまま歩くのは何年ぶりだろう。幼稚園の頃は当たり前だったが、ただの幼馴染だったときや、恋人になってからでも、外で手をつなぐことはなかった。
歩いているときに、譲と諒とで肩がぶつかる。それが楽しくなって、譲は家に帰るのが惜しくなった。
「……まだ、歩いてたい」
『遠回りする?』
譲は頷いた。歩いていると、なぜだか我慢ができなくなる。もっと触れたい。俺だけが知っているところまで、たくさん触れたい。
手を握っているからか、譲の意思が諒に通じた。このまままっすぐ行けば駅なのに、諒は右に曲がった。そこには。
「……いいの?」
諒はホテルの中へ入っていった。まだ手はつないだままだから、譲もホテルの中に入る。――誰かに見られているとは気づかずに。
ロビーで諒が止まる。そうだ、俺が言わなきゃ。
「休憩で」
フロントで鍵を受け取る。今度は譲が諒の手を引いた。エレベーターで五階に上がり、突き当たりの部屋まで進む。我慢は限界にきていて、部屋に入るとすぐさま諒は譲の腕を引き、譲は引かれてない方の腕で諒を壁に押し倒した。
高校卒業とともに付き合ってから九年。倦怠期を迎えても良い頃にもかかわらず、ふたりの愛とその熱量は変わらない。今だって、諒はまだ足りないというように、譲の袖をゆすった。火の点けられた譲は、その場で諒を脱がしにかかった。濃紺のジャケットが床に落ちる。諒も譲のジャケットを脱がした。ワイシャツのボタンを二つ外して、あらわになった鎖骨にキスを落とす。
『準備させて』
目でそう語った諒がシャワーへ消えた。
それから少しして、諒は早く、しかし丁寧に準備を終えて、ベッドに上がってきた。ワイシャツ姿の譲とは対照的に、諒は備えつけの白いバスローブを着ている。バスローブがはだけそうになるのもお構いなしに、譲に跨がっていつものように「お誘い」をする。
「……エロ」
諒がキスをするために近づくと、はだけた胸元が譲の前であらわになる。隙間からうすピンクの突起が存在を主張しているのが目に毒だった。譲はそばに置いてあったゴムを装着して、諒を押し倒した。
「今日、俺の好きにしていいんだよね」
諒はうっとりと頷いて、譲にキスをした。譲は勢いよく諒を貫いた。
セックスでリードするのは譲だが、傍若無人に振る舞っているわけではない。愛しい相手を気持ちよくさせることを優先させている。それでも、たまに自分を優先させたくなるときがある。自分の誕生日にかこつけて、気の赴くままに抱きたくなった。
「やば、めっちゃ締めつけてくんじゃん」
その言葉に、諒は挑戦的な笑みを浮かべた。これではどちらが抱いているのか分からない。譲はそう思った。
「諒は俺に抱かれるのが好きだもんね? 尻で抱くんじゃないよね。俺にちんこ突っ込まれるのが好きだもんね」
諒はその言葉に頷いて、自分の下腹部を愛おしそうにさすった。一連の動作を見て、譲は目の前が真っ赤になった。
「……へぇ、そんなに好きなんだ」
譲は目を細めて諒を見つめた。目を合わせながら、諒は中を締める。譲は腰の抽送を速めた。
ふたりの中でセックスはコミュニケーションツールだから、あふれ出てくる想いはそのまま行為としてぶつける。それだけで、何が言いたいか、何に感じているかは分かりあえる。
ふと諒を見ると、浅い呼吸を繰り返して、強い快楽の波に耐えようとしている。譲は諒の腰を掴む力を強めながら、振る腰のスピードをより早めた。
なんだかんだいつものように前立腺を擦っていると、諒が限界を迎えそうになっていた。は、は、と吐かれる息が強く荒い。吐く息の間隔が狭まっていくにつれて、中の締めつけもきつくなる。それでも譲は腰を振り続けた。
ぷしゃり、と音がしたような気がした。バスローブがはだけてあらわになった諒の腹に、透明な液体が点在している。
「……潮、吹いたんだ」
その言葉に、諒が瞳を揺らした。うん、すごくかわいい。
「もっかいしよ」
今度はバックな、と譲が挿入したまま、諒を四つん這いにさせた。敏感な諒は、四つん這いになるのにも感じ入っていた。
「俺まだいってないからさ、付き合って」
譲はそう言って律動を始めた。ふと窓の明かりが気になる。カーテンを閉めてない窓からは、ビルの明かりが点々と点いていた。
「諒、歩いて」
譲は挿入させたまま、諒にベッドから下りるように言った。諒が足を動かすたびに、中にある譲のそれが気持ちいいところに当たってしまう。ベッドから下りたところで、諒は譲をにらんだ。
「……かわいい」
譲は思わず頭を撫でる。かわいくない、と諒の背中が言った。
「そのまま窓まで歩いて」
ベッドから窓までは二メートルもない。普通なら二、三歩で行ける距離だが、譲のを咥えこんだ状態で歩くのは困難を極めた。諒はよちよちと小さな歩幅で歩く。歩いているうちに、棒が気持ちいいところをえぐり、諒は膝から力が抜けてしまう。
「あぶね」
抜け落ちそうになるのを、譲が諒の腰を支えることで回避する。
「はい、がんばって」
バスローブはとうに脱げていて、いまや諒は全裸で、譲に挿入されながら歩いている。諒は恥ずかしくて泣きそうになった。
やっとの思いで窓際に着くと、譲が腰の律動を再開させた。立ちバックだと、普段当たらないところに当たるので、いつもとは違う快感を得ている。
「みて、諒」
諒が顔を上げる。
「下、めっちゃ人歩いてる」
五階から見下ろした先には、仕事帰りと思われる人々が歩いている。
「ね、もしかしたら俺らのこと気づいてる人いるかもね」
真面目な諒は、きちんとそれを想像し、羞恥で中を締めつけてしまう。
「諒が倒錯してんの、みんなにばれちゃうよな。ほんとエロい」
そう言いながら、譲はさっきよりも強く腰を穿つ。諒には刺激が強くて、内腿が震えて立っていられなくなる。
「ちゃんと立って」
譲が諒の腰を支えて、諒を立たす。
「俺、まだいってないんだけど」
とはいえ譲もそろそろ限界である。震える手で窓枠を掴む諒の手に自分の手を重ねて、射精するための動きにシフトする。それからまもなくして譲は中に出した。それに感じ入って、諒は再び絶頂を迎えていた。
譲がずるりと自身のそれを抜き出すと、諒はぺたりとその場に座った。女の子座りで、もちろんその姿も譲にとっては欲情対象だった。
譲が使用済みのゴムを捨てている間も、諒はそのままぼんやりと窓の外を見ていた。フロントには休憩と言ったし、もう一回はないのかもしれない。譲がそう思っていると、諒が何かを探し始めた。探し物の見当がついた譲は、ドアの近くに放ってある諒のジャケットのポケットをまさぐった。
「これだろ」
譲がスマートフォンを渡すと、諒は入力し始めた。
『スマホありがとう。もう泊まりにしない?』
「いいの?」
諒はスマートフォンをベッドに投げて、両手で譲の頬を触ってキスをした。ふたりはそのままベッドにもつれこんだ。
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