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七章 七月一週目の日曜日
先日、笠松から水族館のペアチケットをもらった譲と諒は、律儀に水族館に来ていた。もらったのは先月だが、新卒採用の繁忙期が終わって、一段落した時期に遊びに来た。
「諒が見たがってるイルカショーまでは時間あるから、深海魚のコーナー見てみる?」
譲がパンフレットを見ながらそう言うと、諒は頷いた。
日曜日なので、水族館はカップルや家族連れで混んでいる。深海魚のコーナーも例外ではなく、水槽には人だかりができていた。ようやく水槽の前に着くと、諒は目を輝かせた。
諒は生き物が好きである。大学では生物学を専攻したほどだ。特に海の生き物が好きで、学生の頃は水族館の年間パスポートも持っていた。対照的に、譲は生き物に対してそこまでの熱量はない。しかし、好きなものを前にしている諒の表情を見るのは好きだった。
深海魚のコーナーということもあって、室内は暗い。他の客も深海魚に夢中である。ここでなら諒と手を繋いでも平気かもしれない。譲はそう思って諒の手を掴もうとした。しかし、諒の手は譲に握られることなく、魚を指さした。指で魚を追いながら、諒は譲に微笑みかけた。
「かわいいな」
欲しかった言葉を聞けた諒は満足げに口角を上げた。しかし、譲の中では、魚よりも諒の方がかわいかった。
隣の水槽を見ているときも、相変わらず諒は楽しそうだった。魚の名前が書かれているプレートを指さして、譲に読むように示した。
「ダイオウグソクムシ。なんか、ダンゴムシみたい」
譲がそう言うと、諒は頷いた。
『ダンゴムシの仲間だからね。かわいいよね』
「そうかもな」
譲はダイオウグソクムシを見てかわいいとは思えなかったが、諒の感性は尊重したかった。
ふいに、諒に手を繋がれた。思わずきょとんとすると、諒に微笑まれる。
『そろそろイルカショー始まるよ』
にこにこしながら諒が譲の手を引いた。外に出るとまぶしかった。いつもより早歩きな諒についていくと、席が埋まり始めていた。
イルカショーは楽しかった。譲も諒も、様々な技を繰り出すイルカたちに感動した。イルカショーのあとは、館内のカフェで休憩している。
「そういえばさ、なんで手繋いできたの? そういうの、嫌じゃなかったっけ」
譲がそう聞くと、諒はコーヒーを飲むのを止めて、スマートフォンに入力し始めた。
『マツにばれてから色々考えたんだけど、たぶん、そんなに悪いことばかりじゃないんだろうなって』
「うん」
『だから、もう平気。外でも恋人らしくしよう』
諒はスマートフォンを示して、甘く微笑んだ。
『俺が手を繋いで、譲は嬉しかった?』
「……すげー、嬉しかった」
譲が照れながら言うと、諒は頬を染めた。こんなに恋人らしいデートは、もしかしたら初めてかもしれない。譲は自分の気分が高揚していくのがよく分かった。
二十一時。あれから水族館を堪能したふたりは、ディナーも近くの商業施設で済ませ、今は寝室にいる。諒が学生時代に一人暮らしを始めてから今まで、デートのあとはセックスをするのが暗黙の了解になっている。諒はベッドヘッドにもたれている譲に跨り、いつものように「お誘い」をした。お誘いを受けて、譲は諒の唇にキスをした。ちゅ、とリップ音が鳴る。了承の合図だった。
譲は体を起こして諒を抱いた。部屋着を脱がせながら、体中にキスを降らせた。くすぐったそうに諒が身をよじる。上半身だけ裸になった諒に合わせて、譲も上を脱ぐ。諒が物欲しそうに譲を見つめるので、譲は再び唇にキスを落とした。下唇を吸ってしっとりと離すと、それだけでは足りなかった諒に舌を突っ込まれる。諒に顎を掴まれて、主導権を諒に握られる。譲はそれで気づいた。今日、諒は上に乗りたがっている。
キスが止んだタイミングで、譲は下を脱いで素っ裸になった。諒も同じタイミングで下着を脱いだ。諒はそれまで下着に半袖姿だった。
お互いにお互いのそれをゆるく扱き始める。ここで出すことはしない。気分をより高めるには必要な行為というだけである。
「……っ、やばい」
今日は諒よりも先に譲が限界を迎えそうになった。譲の呟きで、諒が譲の肩を押した。譲が仰向けになり、そこに諒が膝立ちして跨る。譲のそれを持ちながら、ゆっくりとそこに腰を下ろす。みちみち、と音がしてくるようだった。ほぐしてきたとはいえ、なかなかにきついのだ。現に諒は形の良い眉を歪ませている。
「……入ったな」
いちいち言わないで、と諒から抗議の目線を向けられる。譲はそれを気にせずに微笑みかけた。
「動いて。今日は動いてくれるんだよね」
慣れてきたのか、諒は譲の腰に手を置いてゆっくりと動き始めた。諒は優しいので、自分が気持ちいいところに当てるだけではない。譲のことも気持ちよくしてくれ、適度に締めつけてくる。
「えろ……」
上に乗る諒は艶めかしい。まず腰の振り方から妖艶である。譲の全てを受け取ろうと動かすさまが目に毒だった。しかもそれに表情がついている。自分のいいところに当たるたびに、悩ましげな表情を見せるのだ。諒のそれらを見ているだけで、譲は限界を迎えそうになっていた。
は、は、と諒の呼吸の間隔が短くなってきた。同時に中も締まってきて、譲には諒の限界が近いことが分かった。今日は諒に一任するつもりでいたが、それだけでは満たされなくなっていた。譲は自分も腰を動かし始めた。
下から突き上げられた諒は、あまりの快楽に自分で動けなくなってしまった。譲の胸元に倒れこんで、不規則な呼吸を繰り返すだけだった。
「今日は動いてくれるんじゃなかったの」
譲にそう咎められても、諒は何も返せなかった。下から突き上げるのもきついので、譲は挿入したまま上下を入れ替えた。正常位にして、譲は腰の律動を再開させる。
「わるいこ」
譲がサディスティックにそう言うと、涙目の諒は射精した。
「悪い子扱いしただけでいくとかマゾじゃん」
譲はまだ絶頂を迎えていないので、腰を振り続ける。
「でも、俺は若干サドだし、ちょうどいいかもな」
もういったのに、と諒が自分の腰に置かれた譲の手を何度も叩く。譲はそれを無視してひたすら前立腺を擦った。自分のために腰を振るよりも、諒を快楽に堕とす方が自分も気持ちよくなれる。
いやいや、と諒が首を振る。その拍子に涙がこぼれ、黒髪がシーツと擦れてぱさぱさと音を立てる。譲にはその全てが愛おしかった。
「そんなかわいいことしても止めないよ」
中が不規則に締まる。諒がドライで何回も絶頂を迎えているのが、譲にもよく分かった。
「今日の諒、めちゃくちゃかわいかった。セックスのときもかわいいとかまじやばすぎだろ」
かわいくない、と反論する余裕は諒になかった。譲を締めつければ良いものの、自分に中てられる快楽を処理するので精一杯だった。
「……いきそ」
譲が射精するための動きになる。上半身を倒して、諒を抱きかかえたまま腰を穿つ。諒はかろうじて残っている気力を振り絞って、腕と足を譲にまわした。それからまもなくして、譲が中に出した。奥に擦りつけるように何度か譲が突くと、そのたびに諒が体を弓なりにしてよがった。息を整えている間、ふたりは体を重ねていた。先に動いたのは譲の方で、諒から自身のそれを抜いて、ゴムをゴミ箱に投げ捨てた。その間に諒も体を起こして、ベッドヘッドに置いたスマートフォンを手に取っていた。
『いってるって伝えたのに』
不満げな表情で、諒はスマートフォンを譲に見せる。
「だって俺がいってなかったから。分かってはいたよ。出してたし」
譲は諒の白い腹を指さす。そこは、諒自身の精液がついたままだった。
「でも良かっただろ?」
諒はベッドに寝転がりながら入力している。譲はそれを覗き込む。
『それは否めない』
諒は照れるように笑った。それすらも色気があって、譲の中ではもう一回やりたくなってきていた。
「……ね、もう一回しない? 明日会社あるけど」
諒が目を丸くした。ふたりの間で、日曜日は一回で終わらすのがなんとなく恒例となっていた。諒はそういう気分ではないのかもしれないが、それでもたまには何回も求めたくなる。
『俺も誘おうと思ってた』
それは杞憂だった。譲は諒の手からスマートフォンを抜き取って、ベッドヘッドに置いた。これをすると諒の発言を封じてしまうことになるが、それはどうでも良かった。だって俺たちには、他に分かりあえる方法があるから。
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