うそつきなのは恋のせい

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 黒川にとって、金曜日の夜は特別だ。いつもなら最悪な二十時台の電車に、軽やかな気分で揺られている。  改札を抜けると自然と足が早まって、マンションのエレベーターに乗り込む頃には少し息が上がっている。  エレベーターの中で息とスーツを整える。自分の部屋に帰るだけなのに何をやっているんだと自嘲するが、必要な儀式だ。  一つ深呼吸してドアノブを回す。ドアの向こうから足音が聞こえた。 「おかえりなさい」  部屋着姿の俊樹が迎える。今この場で抱きしめたいと思うのをぐっと我慢した。余裕ぶるのも楽ではない。  土曜日に外で待ち合わせることもあるが、俊樹は大抵金曜日の夜に黒川の部屋に来て、日曜の夕方に帰っていく。  特別な3日間。  同じ会社に勤めているのだから、月曜の朝までいれば良い、というより何なら一緒に住んでも良いのにと黒川は思っているが、俊樹にはまだそのつもりはないらしい。同棲していることを会社に知られたくないなら、今の俊樹のアパート代を払ってやっても良いとさえ黒川は考えていた。 「ただいま。もうご飯食べた?」 「まだです。待ってたんですよ」  部屋には、醤油と砂糖の穏やかな匂いが満ちている。俊樹がいない頃には、この部屋に存在しえなかったものたち。 「ありがとう。すぐにシャワー浴びてくるよ」  黒川は俊樹の柔らかい、茶色がかった髪をかき上げて額にキスを落とした。  くすぐったそうに笑う俊樹の顔にはまだどこかあどけなさが残っていて、その可愛らしさで胸がいっぱいになる。  黒川はもう一度、今度は唇に軽く触れるようなキスをすると、俊樹に背を向けて浴室に向かった。
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