ケータイ越しに縮まる距離

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 ……まただ。また、あの時の夢。  夢の中の8歳の兄が、愛おしむように私の額を撫でる。 「だからな梨沙、大きくなったら、音楽の趣味が合う人と結婚するんだぞ」 「なんでー?」 「そりゃ、そんなでっかい世界の中で、何億もある歌の中から同じ歌を好きになった人だぞ。気が合わないわけがないだろ? それに、好きな音楽について語り合うのは単純に楽しいんだ!」  兄の言葉を受け、5歳の私が純真無垢な笑顔を弾けさせる。 「それじゃあ私、お兄ちゃんと結婚する! だってお兄ちゃんの好きな歌、私も全部好きだもん!」  兄は困ったように、それでいて嬉しそうにはにかむ。 「それは無理だぞ梨沙。俺たちは兄妹だから、結婚はできないんだ」 「やだやだー!お兄ちゃんと結婚するのー!」  目覚ましの音で飛び起きた。  嫌な心のざわめきを落ち着けようと、キッチンに行き水を喉の奥へと流し込む。  薄々気付いてはいた。  兄は皮肉屋だけど、実は私のことをとても大切にしてくれていること。  兄より気が合う人なんていないこと。  兄こそが、ずっと私の理想の男性像だったということ。  気付いた上で、それを認めてしまうわけにはいかなかった。  だってそれを認めてしまえば、私はたぶん結婚できないから。  兄以上の人なんて、きっとこの先現れないから。  ケータイが震える。カズさん……兄からのメッセージだ。 「おはようございます! あと一日頑張れば明日はお休みですね! 頑張りましょう!」 「おはようございます! カズさんとのやり取りを支えに乗り切ります!」  この後に及んで何を言っているんだかと、自分で自分が嫌になる。  そしてとうとう、その時はやって来た。 「りぃさん。明日ご予定は? もし良ければ、そろそろ直接会ってお話しませんか?」
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