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世界で一番大きなもの
「突然ですが梨沙に問題です! デデン! この世界で一番大きなものってなーんだ?」
三つ年上の兄が私の髪を繊細な手つきで洗いながら言う。私はシャンプーが入らないように目をギュッと閉じたまま必死に頭を回転させる。
しばらく悩んだ末やっと閃いた答えは、今思えば少し短絡的だったかもしれない。まぁ、当時はまだ5歳だったからしかたないのだけれど。
「わかった!メイちゃん家のお風呂!」
「ブッブー!残念でした!」
「えーなんで!? メイちゃん家のお風呂、すっごく大きいのに!」
不服を訴えると、兄は優しい声色で私を諭す。
「はは、そうだな。でもな梨沙、世界にはもっと大きいものがあるんだぞ」
「なになに?」
「それは音楽の世界だ!」
「おんがくのせかい?」
馴染みのない言葉に首を捻る私。兄が「終わったぞ」と髪を流してくれたので、兄に続き、メイちゃんの家のソレとは比べようもない小さな浴槽に浸かる。
子供二人でも狭いので、兄に背を向け身体を預けるようにピタリとくっつく。
「そう! 音楽、つまり歌のことだな。梨沙も知ってるだろ?」
「知ってるよ! よさくはーきをきるー、へいへいほー……」
私が自信満々に歌うと、兄は渋い歌知ってるなと苦笑した後、こほんと咳払いした。
「梨沙が今歌ったのは『演歌』だな。それは音楽のジャンルの一つで、他にも例えば『ポップス』や『童謡』、『ロック』などジャンルはたくさんあって、さらにそのそれぞれの中に数え切れないほどの歌が存在するんだけど」
「ふーん?」
「現在、世界中に存在する歌を全部合わせると、数億とか、それよりもっと多いとか言われている。そしてそんなにあるのに、全く同じ歌は一つも存在しない。メロディーも詞も理論的にはほぼ際限なく作れるからな。
だから、俺たちみたいな素人からしたら『もう新しい歌なんてできっこない』って思うのに、プロの人たちは毎日のように今までに無い新しい歌を生み出し続けている!
つまり、音楽の世界は無限なんだ!」
「へー」
正直よくわからなかったが、最後の「無限」のおかげでなんとか凄さだけは伝わり私は驚きの声を上げた。
そんな私のおでこをゆっくりと撫で、兄は続ける。
「だからな梨沙、大きくなったら、音楽の趣味が合う人と結婚するんだぞ」
「なんでー?」
「そりゃ、そんなでっかい世界の中で、何億もある歌の中から同じ歌を好きになった人だぞ。気が合わないわけがないだろ? それに、好きな音楽について語り合うのは単純に楽しいんだ!」
兄の言葉に、私の頭にはまた子供ならではの単純極まりないアイデアが思い浮かんだ。
「それじゃあ私、…………!」
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