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正月1
長い学校の休みに入るといつも盆休みの光景を思い出す。もう冬だというのに、思い出す景色はいつも眩しい夏の鮮やかな景色だ。
そう言えば、あの日も流花に「ありがとう」とは言えなかったっけ。
◆
引越してきた多摩で初めて迎えた正月。今日は信州の田舎町に住んでいた頃よりも寒く、それがどうしてなのか分からなかった。雪がめったに降らない東京なのに、今朝は薄らと雪化粧している。きっとそんなものだから雑居ビルを通り過ぎる北風が冷たく感じているのだろう。強いて言えば頬を針に刺されているような、そういう痛々しい感覚だけが身に染みていた。
そんな寒空のもと、まだ慣れない都会の景色を物見しながら歩く僕は、両親と共にこの近所で御利益があると言われている名も知らぬ神社へと向かった。朱色の鳥居がなければ分からないほどの小ぢんまりとした社殿。普段は人気がない神社であろう寂れた趣は、流石に正月だけあって門松やしめ縄が飾られ、新年を祝う無数の白い幣束が境内を神聖な場所へと誘っていた。
甘酒を配っているおじさんたちは、盆祭りで見かけたおじさんたちとどこか似ていて、新たな年に希望を膨らませている、そんな幸せそうな顔をしていた。
縁は結び、魂の絆。絆は想い。
一途な想いは結ばれよう。
初詣でのおみくじに書いてあった恋愛運の言葉だけが心に残る。きっと忘れようとしても忘れられない記憶がこの言葉とリンクして、頭の中を掻き乱しているのだろう。
学業や金運は大したことが書かれていない吉に微妙な味気なさを感じながらも、吉方位にそのおみくじを結び手を合わせた。
そこへ母もやってきた。
「祭のおみくじはどうだった?」と母が中吉のおみくじを自慢げに見せてくる。今年は良い一年になりそうだと鼻歌を鳴らして。
「僕のは吉。相変わらず今年も運がなさそうだ」と暗い顔で返事をした。でもそれを聞いた母は僕とは違って何故だか大喜び。
「吉! それって母さんのよりいいじゃない」
「え、吉だよ。吉」
「あんた本当にバカねえ。吉と言えば大吉の次にいい当たりくじなのよ。素直に喜びなさい」
「それは中吉じゃあ」
「中吉は吉の下。ホント、あんたの思い違いって怖いわ〜」
母が僕を元気づけるように頭を撫でる。初耳だった話に僕も少しばかり気持ちが晴れやかになった。
とりあえず今年はじめのイベントはこれで終わり。ちょっと両親には悪いんだけど一足先に家へ帰らせてもらおう。
◆
家へ帰るなり門柱横に置かれたポストの中を覗き見る。唯一楽しみにしていた年賀状が数枚申し訳なさそうに届いていたのが可笑しくもあり安心した。
昨年おばあちゃんが亡くなり喪中だったから、年賀状は来ないものだと思っていたけれど、両親が連絡し忘れた人たちやらダイレクトメールの年賀状やらが輪ゴムに止められて届けられている。中には以前住んでいた住所のまま、郵便職員が直したであろう汚い手書きの住所が貼られたハガキまで混ざっていた。とりあえず僕は、まとまった年賀状をパラパラと捲り、その中から目当ての年賀状を探してみる。
ない!
物の数秒でそう分かった。一気に楽しみにしていた気持ちが冷めていく。はじめから期待して待っていたのが悪いのだけれど、世の中そう上手くはいかないようだ。
つまらない年賀状の束を左手に持ち直し、ハーフコートの右外ポケットに閉まっていた一枚のハガキをそっと取り出した。
それは初恋の君から去年の夏に貰った最初で最後の暑中見舞い。彼女が病気で倒れる前に、僕宛てに出してくれたハガキだった。
マツリくんへ
いよいよ明日が本番だね。
このハガキが届く頃には、もう終わっているのかな?
パレード、お互いに上手くできるといいね。
マツリくんのおかげでのびのびと練習できたよ。
本当にありがとう。
八月、いつまで会えるか分からないけど、また一緒に遊ぼうね。
そう。夏なんだから、マツリくんは大好きなスイカ、たんと食べなよ!
マツリくんの食べっぷり、また見たいな。
流花より
可愛い丸文字と色鉛筆で描かれた僕たちの似顔絵。スイカを旨そうに食べるその似顔絵が、とてもユーモラスであり、微笑ましくもあった。
ただ僕はそのハガキを受け取ってから一度も彼女に会っていない。彼女だけではなく、彼女に関わった全ての人と会っていないのだ。会えないように仕組まれたと言えば正しいのかもしれない。
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