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正月2
だから僕は思い切って彼女宛てにラブレターまがいの年賀状を出してみた。だが自称ラブレターと名付けた年賀状に、実際のところ本音を何も書けず、ただ当たり障りのない言葉を並べただけだった。面白味のない挨拶文になっている。惨めなほど情けない文才に運命を変えるほどの力はなかったらしい。
余命が去年の八月までと知らされていた彼女は、その後どうなったのかを知りたかっただけなのに、その連絡を受けるすべがなかった。もしかすると、もう彼女はこの世にいないのかもしれないし、僕と同じで喪中だから彼女のご両親が遠慮して連絡を控えているのかもしれない。
『もし、そこのあなた。これ落としましたよ』
品のある若い女の声が背後からした。急に声をかけられた僕は、肩を落としたまま静かに振り返り声の主を見上げる。そこには初詣帰りだと思われる華やかな花柄の着物に身を包んだ女子大生くらいの女が立っていた。思い当たるような人ではないが、どこか見覚えのある懐かしい顔立ちのお姉さんに、思わず照れ臭くなり目を逸らしてしまう。ふと彼女の手を見ると、先ほどまで僕が手に持っていたハガキを彼女は持っていた。思わず自分の右掌を見るも、いつの間にか落としていたようで手元にはない。
「それは……すいません」
『いえいえ。それよりこの辺りに伊集院さんのお宅はございますでしょうか?』
「伊集院ならここですけど」
『あ、ここでしたか』
発見できたのがよっぽど嬉しかったのか、その場でピョンピョン飛び跳ねている。そしてそれ以上何も言わずに駅の方へと去ってしまった。少なくとも僕の知り合いではない。父か母の知り合いだろうか? でも今までにあんな別嬪さんの幽霊と出会ったことないなあ。
ふとさっきの人が幽霊だったと気づき動揺する。去年、中学に上がってから身についた能力を思い出した。大好きな君に会えなくなってから消えた能力でもあったのだけれど、久しぶりに目覚めたようで嬉しさと気持ち悪さが入り混じる。
そして受け取ったハガキへ目をやると、そこには雪で書かれたようなふんわりとした淡い色彩が広がっていた。さっきまで見ていたハガキとはちょっと違う文面と絵柄に、僕の目は釘付けになる。
マツリくんへ
あけましておめでとう。
そして年賀状ありがとう。
遠くへ行っちゃったけど、また会える日を楽しみにしています。
ご飯、たんと食べなよ。
それではまたね。
流花より
読み終わると、文字たちは雪が舞い散るように消えていった。
まさか! と胸の鼓動が一気に高なる。
あの女子学生は流花だったというのか?
気づけなかった不甲斐なさに、思わず大きな溜め息が漏れた。幽霊になってこんな返事をくれるなんて、なんか辛くなってきたけれど、久々に彼女と会えた気がして嬉しくもあり、悲しくもあった。
せめて拾ってくれた彼女に「ありがとう」と言えばよかったと後悔する。
それにしても飯をたくさん食えだなんて、亡くなった里子ばあちゃんみたいなセリフを言う君だ。僕の食べっぷりを見ているのが好きだった君は、よくおばあちゃんと同じセリフを真似していたけれど、僕はそれが嫌で君の前ではわざとあまり食べないようにしていたっけ。
それに「それではまたね」なんて、文字を見返しながら目が潤む。「また」とは何だよ? と有り得ない期待に胸が締め付けられた。
僕たちには「また」がないはずなのに、その言葉が添えてあるなんて不思議なものだ。これは単なる僕への優しさだろうか? でも、そんな言葉は許されるはずがない。僕に纏わりつく守護霊のルールがそれを拒むはずだから。
引越しだってそう。うちは元々引越すような家庭じゃなかったのに、急に引越しさせられた。誰に挨拶をするでもなく突然東京へ越してきたのだ。それもきっと守護霊のルールのせいで。
誰がそんなルールを決めているのかは知らないけれど、少なくとも僕のおじいちゃんはそのルールを知っていた。
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